野村一彦という人

 野村一彦さんは、1934年に結核のために21歳で亡くなった人です。
父親が野村胡堂という「銭形平次」の作者( あらえびすという名で音楽
批評も書いています。)でありますが、ほとんど世に知られることなく
亡くなったはずです。
 そうした人が、なくなって70年もたってから、18歳から19歳にかけて
ノートにつけていた日記が、親族の手によって本となって人々の目に触れる
ようになりました。これは、彼のノートを保管していた遺族が、それまで
の封印を解いたことによります。
もともと、日記のたぐいは、世間様への公開を目的としておりませんから、
本人と関係者が健在でありましたら、けっして世にはでなかったでありま
しょう。
 この日記には、キリスト教の信仰と旧制学校での学友とのこと、そして
その学友の妹さんへの思いがかかれています。学友というのは、そのあとで
東大教授となる前田陽一さんとか松田智雄さんがいるのでした。となると
妹さんというのは、旧姓 前田美恵子さんのこととなります。のちの神谷
美恵子さんに思いを寄せていた野村さんが、片思いではないだろうと思われる
のですが、とにかくとんでもない純愛物語でありまして、まどろっこしい
ほどであります。
 この本はタイトルが「会うことは目で愛し合うこと、会わずにいることは
 魂で愛し合うこと」というものでありまして、副題に「神谷美恵子との日々」と
あります。版元は「港の人」というところですが、この本はどのくらい読書人の
手にわたったのでしょうか。