ソロモンの歌

 昨日の朝日新聞夕刊に吉田秀和さんの「文化勲章受賞を
お祝いする会」が都内のホテルであって、会の終わりに吉田さんが
ユーモアたっぷりにあいさつしたとありました。
 吉田さんは93歳となったとありましたが、この時代で最年長の
文筆家というのは、だれでいくつなのだろうと思いました。
ちょっと前までは、野上弥生子とか宇野千代という百歳に届くような
作家がいたのですが、90歳をこえて現役というのは、そんなに例が
ないでしょう。
 一般の読者に吉田さんの存在が印象つけられたのはやはり朝日新聞
寄稿したものによってでしょう。小生は、12月の朝日夕刊に掲載
される「ことしの回顧」というのを40年ほど継続してスクラップを
しておりますが、1969年には、次のようにあるのでした。
「 小林道夫の演奏 東京室内歌劇場第1回公演
 小林道夫 これは注釈がいるでしょう。元来この公演は管弦楽
代わりにピアノを使ってオペラをやる会で、小林はガルッピの
”田舎の知恵者”の指揮兼ピアニストということでした。
 ところが聞いてみるとそのピアノの水ぎわ立った音楽性の豊かさ。
歌手には失礼ながら、私はいつまでもきいていたいほどでした。
合間に同じ作曲家のソナタの一くさりを何気なくいれたり、こにくらしい
ほどの芸当もあり、日本人でこんなに音楽が身についている人に
接したのははじめてです。」
 翌年にあっても小林道夫さんの伴奏をとりあげていまして、小生も
すごい音楽家がいるのだということを認識したのであります。
(ずいぶんとあとになって、このまちの小さな教会に設置された
小さなパイプオルガンをつかってのコンサートが開催されたときに、
日本のカールリヒターといわれる小林先生の音楽をはじめて生で
きくことができたのです。当時、ピアノにはまっていたこどもも
一緒にいって、小林先生にサインをいただいたとき、なにかあり
ましたら相談にのりますといって、自宅の電話番号をサインに
書き添えてくださいました。べつに電話をすることもなしで、今に
いたっているのですが、吉田さんが「こんなに音楽が身についている
人」というのは、とんでもなく立派な教育者でもあります。)
 
 吉田秀和さんで一番好きな本といえば、なんといっても
「ソロモンの歌」であります。70年の秋にでたものですが、
野中ユリの装幀で、ダストカバーが特徴があるのでした。小生には、
箱ではなくて、このような保護覆いのようなカバーというのは、
「ナンセンス詩人の肖像」(竹内書店)とこれが記憶に残っています。  
 この「ソロモンの歌」はエッセイスト吉田秀和のデビューを伝える
作品といわれていますが、若くして中原中也にかわいがられ、吉田
一穂、長谷川四郎伊藤整などとのおつきあいがあったというだけ
でも、人物への興味がわくことです。
 ソロモンの歌というエッセイは、こどものころの相撲に関する
思いでから、文化の生命について考えるというもので、文明批評家と
しての吉田さんお面目躍如というものです。
 今回の文化勲章は、長生きへのご褒美ということもあるので
しょうが、こうした文明批評についての貢献も大きいのでしょう。