信時潔と活字印刷

 長く本を買い集めているうちに、本を書いた人が好きなのか、
書かれた内容が好きなのか、それとも物としての本が好きなのか、
わからなくなってきます。
 読みもしないし、置き場所にも困っているというのに、本を買って
しまうというのは、着物道楽に通じるものがありまして、物としての
本が好きというのがまさっているのでしょう。
とはいっても、お金があまっているわけではありませんので高価な
限定本を買い集めたりすることはできません。

 昔は、本といえば箱入りが普通でありましたし、印刷といえば活字を
拾ってプレスするものと決まっていました。いまでは、よほど特殊な
ものでなくては、活字印刷の本は手にすることがなくなりました。
身近なところで、活字をつかっていた「本の雑誌」も数年前にかわって
しまって、ぎゅっと黒っぽいページがずいぶんときれいで見やすいものに
かわりました。これは好みの問題ではありますが、パルプマガジンという
感じは、以前のもののほうが強く感じました。

 ほとんど活字印刷はなくなっているのですが、小生が新刊で購入したもので
活字をつかっているものでは「信時潔新保祐司 構想社というのがあり
ました。2004年の刊行ですから、よほどこだわっていることです。
 信時潔というひとは、昭和の作曲家で代表作には合唱組曲「丹沢」と
いうのがあって、各地の合唱団がとりあげています。この人の作品で
一番有名なのは「海ゆかば」というものです。
戦後生まれの小生には、「海ゆかば」には、なんの思い入れもないので
ありますが、戦争中には、毎日のように聞かれたということで、けっして
戦意高揚するうたではないのですが、信時潔というと戦争加担者のように
扱われていました。
 合唱に取り組んでいる音楽の先生には、信時潔復権をはかりたいと
いう気持ちがあったでしょうが、なかなかこれは道のりが遠かった。

 信時潔復権のために力があったのは、阪田寛夫さんでありました。
信時の大作「海道東征」を上演するにいたった経緯についての小説で
海ゆかば」作曲家を戦争犯罪人のくくりのなかから救いだしたと
いえます。
 新保さんの著作は、それと比べると、従来からの日本浪漫派の流れに
あるように感じ、これでは浮かばれていないなと思うことでした。