セール開催中か

 そういえば、この連休期間というのはブックオフがセールをやっているの

でありました。いつから始まるのだっけと、ちょっととぼけて買い物に行く

途中に立ち寄りましたら、いつもよりずっと駐車場が混んでいまして、店に

入りましたら、書籍は20%引と出ていました。皆さん、よくそのことをご存

知でありますね。

 いつもでありましたら、ワンコイン予算で勝負するのでありますが、本日

はすこし奮発して倍の予算で臨むことになりです。

 本日に目についたもので一番は金井美恵子さんの次のものでありました。

噂の娘

噂の娘

 

  金井美恵子さんの本があれば、ダブっていても買ってしまいそうなのですが、

自分のためには、これ以上(単行本も文庫も持っていますので)確保してどう

なるのかと、これは断念です。

 買わせてもらったのは、次のものとなります。

絶対毎日スエイ日記

絶対毎日スエイ日記

 

  当方の好きな編集者ものというよりも、唯一無二の存在である末井さんの

日録であります。以前に図書館から借りてなかを覗いたように思うのですが、

いまほど検索をかけてみましたら、当方が利用している図書館では架蔵してい

ないようなので、大きな書店で立ち見でもしたのでありましょう。

 末井さんの本は「素敵なダイヤモンドスキャンダル」が最初でありましたが、

その編集者らしからぬ非インテリなところが魅力であります。

その末井さんがいろいろとあって、神蔵美子さんと坪内さんと複雑な関係にな

り、結果として神蔵さんと一緒になり、今に至っているのですから、末井さん

の人としての大きさがわかります。とはいっても、まるで偉そうなところはな

くて、逆にいつもなさけなく悩んでいるのでありますね。さすが末井さんであ

りまして、世の中のインテリさんたちは、こんな人に負けるわけがないと思う

ような人なのですが、末井さんにはかなわないのでありますね。

 あと買ったのは、次のもの。

  川本さんの文庫本、これはでているのも知らなかった。もとは雑誌「旅」

に連載されていたものだそうで、最近はJTBもひどいことになっているらし

く、当方も妄想旅を楽しむしかなしです。

不意撃ち

不意撃ち

  • 作者:登, 辻原
  • 発売日: 2018/11/07
  • メディア: 単行本
 

  図書館から借りてさーっと読んでいまして、ブログでも話題にしたことが

ありました。文庫になったら買いましょうかと思っていたのですが、本日に

確保したほうが安く入手できそうでありまして、それで買うことにです。

この小説集で、当方は吉田秀和さんのルーツが和歌山の那智にあるというこ

とを知ったのでありました。とにかく辻原さんの小説は、できるだけ読むよう

にするのです。

五月になって

 本日はお天気よろしになって、すこし気温があがったようです。ちょっと

風はつめたいものの、家にじっとしていることができない人たちは、車ででか

けたようで、キャンピング仕様の車をずいぶんとみかけたことです。

そういえば、こちらの桜は見頃となっています。しばらく雨は降らないでほし

いものです。

 こちらもコロナが問題となっていまして、他のエリアへとでかけていく気分

にはなりません。ということで、午前はジムへといって、午後は食材買い出し、

夜は先日に録画した映画「ニュー・シネマ・パラダイス」を見物することにな

りです。これまで何度かTVでの放送があったのですが、今回はじめて通して

見ることができました。このような映画は大好きでありまして、もう一度見直し

をすることにしましょう。

 五月にはいって、出版社のPR誌が届いています。

一番気になっていたのは「みすず」でありますが、表紙裏の連載は松山巌さんが

小沢信男さんからバトンを引き継いで「百千連魔」というタイトルでスタートと

なりました。

 先月号に松山さんがこの場で小沢信男さんに追悼をしていたのは、この連載

引受のごあいさつのようなものであったのかです。

小沢信男さんの追悼文、ほかにはどのようなものがあるのかと気になっている

のですが、谷根千ねっとで森まゆみさんが書いていたよと教えられました。) 松山巌さんの本は、何冊かもっているのですが、なじんでいるとはいえない

ことでありまして、今回の「百千連魔」は、どうでありましょう。

初回のタイトルは「厩戸皇子」で書き出しは、「僕の先祖が聖徳太子だと確信

したのは、いつ頃だったかな」となります。

 あれれ、これはどういうことでありますかと思った人は、手にとって読んで

見てくだされ。

本日も寒いことで

 本日も寒いことで、この時間はストーブをつけて過ごしています。

お天気がよろしくてあったかになりましたら、どこかに遊びに行きたくなり

ますので、この状況下においては、お天気がよろしくないほうがよろしいのか

と思うことです。

 午前には雨のなかをジムにいって正味一時間ほど身体を動かすことになりで

す。すでに連休にはいった人がいらしているのでしょうか、いつもよりも若い

利用者さんが多かったように思います。そんなに広くないトレーニング室が密

になりそうでありましたので、そうそうに切り上げることといたしました。

 戻ってからはすこし絲山さんの「御社のチャラ男」を読むことにしました。

あっという間に読んでしまいそうな作品ですが、あれこれと気が散っているこ

ともあり、やっとこさで半分くらいでしょうか。

 本日に読んでいたところに、次のようなところがありです。

「東京に行くほど遠くないからと言って、大学からずっとここに居座って働いて

きたけれど僕は隣県の出身だ。漁港と遠浅の砂浜しかないんだけれど、まやて

貝が名産で、母も祖母も、聞いたことはないけれどひい婆さんもその先の先祖も

女はみんな、貝の剥き子をしている。」

 登場人物の一人が、このように言っているのでありますが、この方の出身地で

は「まやて貝」というのが名産なのですね。女たちはみんな貝の剥き子をしてい

るのだそうです。なるほど、まやて貝というのは、どんな貝でどこが産地なのか

なと思って検索をしてみましたのですが、あらら「御社のチャラ男」の中にしか

ない貝のようです。

 それにしても絲山さんの「まやて貝」はどのようにして調理して食べるのが

いいのでありましょうか。

御社のチャラ男

御社のチャラ男

  • 作者:絲山 秋子
  • 発売日: 2020/01/23
  • メディア: 単行本
 

 

久しぶりに散歩へ

 大型連休のスタートとのことです。当方はほとんど毎日がおやすみ気分で

はあるのですが、それでもすこしの野暮用がはいったりすることがありまし

て、それがないのはありがたいことです。

 大型連休といっても来客とか旅行の予定はなしで、いつものほとんどかわ

らない生活となりです。

 本日は身体を動かすためにジムへといきましょうと思っておりましたら、

そのジムは毎月29日は曜日を問わずにお休みなのだそうです。そういうわ

けで、二ヶ月ぶりくらいで散歩へと行くことになりました。ジム通いをする

までは週に三度ほどは散歩を行っていまして、同じような時間に行っていま

すと、いつもすれ違う人などもいまして、そうした人たちからしますと、あ

のいつも歩いていたじじいは、最近見えないが、どこか具合が悪いのかと

いうことになっていたでしょう。本日は80分みっちりと歩いて1万歩を

クリアしました。

 あとは、本を読むだけでありますが、これがなかなかペースをつかむこと

ができずで、夜になりまして、ずっと積まれていた絲山秋子さんの小説を

読むことになりです。(まだ読んでいなかったのかといわれそう) 

御社のチャラ男

御社のチャラ男

  • 作者:絲山 秋子
  • 発売日: 2020/01/23
  • メディア: 単行本
 

 しばらくほっておいたものですから、また最初のところから読むことにな

るのですが、最初の章は、次のように終わります。

「偉い連中のやり方がもう通用しなくなってきているのはわかるけれど、俺は

それでも変化が怖い。 

 臆病な心には筋肉の覆いが必要だ。明日はジムに行こう。」

 この「御社のチャラ男」は、会社員小説ですから、「偉い連中」というのは

会社の話でありますが、これがいろいろな組織に共通しているようでありまし

て、当方もジムへと行っているのも、同じ理由からでありそうです。

 

合わせて買った本など

 家人のおともをして大型店へといったときに買った本の続きであります。

 以前から探していた中公新書をやっとこさで見つけることができました。

これまでもこの大型店では中公新書既刊分の棚をながめていたはずですが、

どうしてこれまで目に入らなかったのだろう。

  当方が新刊で購入した中公新書は2019年9月25日4版とあります。(最近の

アマゾンのリンクはほとんどKindle版しかできなくなっているようで、アマゾン

は書籍よりもKindle版を売りたいのでしょうね。)

 以前も記したことがあるかと思いますが、著者の山本さんは、当方が住んで

いる町で生まれ育ったようであります。その後札幌を経て東京の大学を終えて、

現在は沖縄で大学に勤務しています。

 いつものことでありますが、まずはまえがき、あとがきを読んでみることに

いたしましょう。

 あとがきには、次のようにありました。

「私自身は日米安保条約を支持する立場だが、民主主義国家の中で一般国民の

関知しない合意議事録に従った日米地位協定の運用を行うことは、条約と協定

の正統性を著しく損なうものであり、非常に問題があると考える。」

 なるほどな、山本さんは日米安保は支持するという立場なんですね。70年

の安保世代である当方からすれば、そうなのかと思いながら、だからこそ地位

協定にこだわるのかとも思うことです。

 最近は日米同盟という言葉をよく耳にするのですが、もちろんこれは軍事同

盟から軍事を略していると思ってしまうのですが、その昔はこれほどまでに同

盟なんていわれなかったように思いますがね。

 そんなことを思いながらも、このところ、ものすごく本の収穫が多くて、

さて、どのようにこれらを読んでいきましょうか。

合わせて買った本など

 おともをして大型店へと行った時に合わせて購入した本を話題にです。

文庫も新書もそうでありますが、当方の行きつけの本屋さんでは新刊で見つ

けた時に購入しておかなくては、数ヶ月で姿を消してしまうことになりです。

なかには入荷しなかったのではないかと思えるものもあって、ほんとに文庫

や新書の確保でこんなに苦労するとは思ってもみませんでした。

 チェーンの本屋さんで新書棚の前に立っていたときに、探していた中公新書

の二冊を発見することになりです。この機会をのがしてはいけないとありがた

く買わせていただきました。

 一冊は富田武さん「シベリア抑留」であります。シベリア抑留に関する新書

などは買うようにしていたのですが、どうしてこれを見逃していたのか不思議

であります。 

 著者の富田武さんは「シベリア抑留」を研究テーマにしている方で、昨年に

みすず書房からでた本で知ることになりました。 先日に読んだ松家仁之さんの小説「泡」の参考図書として、この新書があがっ

ていたこともあって、これは読んでおきたいと思ったものです。

 いまだにあとがきをのぞいたくらいでありますが、そこの最後には次のように

書かれていました。

「本書を、今年9月12日(日本時間)に、ウズベキスタンに仏教遺跡発掘にでかけ

られた先で客死された加藤九祚先生(享年94)に捧げたい。先生は朝鮮半島

身、シベリア抑留で大変な苦労をされながら、つねに楽観的で、笑顔を絶やさない

方であった。抑留経験を『シベリア大学で学んだ』と言い放てる人は少ない。」

 まさか富田武さんの「シベリア抑留」が加藤九祚さんに捧げられていたとは

知らなかった。 

vzf12576.hatenablog.com 合わせて買ったもう一冊は、明日にでも。

おともで大型店に

 手芸用品を探しにいくということで、おともを仰せつかることになり。

一ヶ所ではなかなかそろわないので、何ヶ所かまわることになるのですが、

そのうちの一つは大型店で、そこにはチェーンの本屋さんがありますので、

喜んででかけるのでありました。

 そういえば、何日か前も同じパターンでチェーンの本屋さんにいって、

金井美恵子さんの本を買ったのでありました。さて、本日はであります。

 今月の新刊で購入しようと思っていたものを確保できました。

 田中克彦さんによる「世界の見え方が変わる言語学入門」(帯にそのように

あり)です。ほとんど理解はできていないのですが、田中克彦さんの本を手元

においています。

 本のカバーには次のようにありです。

ウラル・アルタイ語族に属する朝鮮語トルコ語フィンランド五、ハンガ

リー語、モンゴル語などは、文の構造ばかりか表現方法、つまりものの感じ方

までもが共通している。このことから、言語を軸に連帯をはかろうとする運動、

ツラン主義が十九世紀にハンガリーで現れた。それは虐げられた民族からの異

議申し立てであり、その水脈は今も生き続けている。」

 本日にパラパラとなかをのぞいたところで、田中さんらしいところを引用で

す。

「2020年夏に、中国の当局が、内モンゴルの小中学校でモンゴル語を教えるの

を禁じたというニュースが報じられた。そのうち日本でも内モンゴル人たちの

抗議活動がはじまり、私は千葉大学の児玉加奈子教授からそのことを知らされ

て、9月12日のデモに参加した。(かって引き受けた)内モンゴルからの留学生

の一人は、私がでもに参加したといううわさをどこかで聞いてきたのであろう。

先生、久しぶりにいい運動になりましたねと、からかったような手紙を送って

きた。言うまでもないことだが、デモは運動のためにやるものではない。

研究者にはよくあることだが、かれらの母語モンゴル語は、単に商売道具で

あって、身をもって守るべき対象ではないのだろう。」

 先日にTVでみた内モンゴル遊牧民の家族は、祖母が孫にモンゴル語で昔の

歌をうたっても、孫は中国語しか理解できないとなげていたのでありました。

今は内モンゴルほか中華人民共和国では、いくつかの言語で同じようなことが

起きているのでしょうが、歴史的にはあちこちであったことであります。

 田中さんがある時期までのスターリンを評価して、彼を「言語のアナー

キストと呼びたい」というのは、彼が「ロシアの革命は言語の数を減らさず

増加させている」と言っているからだそうです。なるほど、そういう評価の

仕方もあるのか。