朝鮮半島の話

 このところ、朝鮮半島にかかわる小説などを読んでいるのですが、そんな折に

韓国で総選挙がありまして、結果は野党が優勢で、大統領の与党は少数派に

なるとのことです。

 大統領の支持率は30%台とのことですが、このくらいの支持率でありました

ら、あっという間にねじれてしまうというのが韓国なのでありますね。

日本の政権党の人たちは、支持率が10%台になっても、総選挙をしたとしても

ねじれが起こったりはしないので、ありがたいことであります。日本の人たちは

すっかり諦めてしまって、怒らなくなっているのかもしれません。

 韓国の保守と革新では、かっての日本統治下でのあれこれの解決策に対して、

認識がことなるのでありますね。保守系は日本に理解を示し、革新はいまも許す

ことができないであります。

 こちらはとっくに忘れてしまっているのに、いつまでもしつこいことでとも思いま

すが、日本でも、それに類した話はありますでしょうよ。会津は長州に親しみを感じ

ないというような。

 それはさて、先日にヤン・ヨンヒさんの「朝鮮大学校物語」を読んでいましたら、

そのあとにヤン・ヨンヒさんが出演するTVドキュメントの再放送がありまして、

それを録画することにです。

 「スープとイデオロギー」という映画に関連してのものでした。この映画はいまだ

に見ることができていないのですが、劇映画である「家族のくに」で描かれた

家族のその後の話であります。

 この「スープとイデオロギー」では、ヤン・ヨンヒさんの済州島生まれの母が、4・3

事件の遭遇したことが取り上げられるのですが、これは朝鮮戦争前夜のことにな

ります。

 金石範さんが「火山島」という大長編で描いて、当方は知るようになった朝鮮

半島の現実です。結局は、その後に朝鮮半島は休戦ラインで二分割されて、ほぼ

固定されているのですが、日本に居住する朝鮮半島出身者は、北か南か、いずれ

かの国を選ぶことになってしまったのですね。

 ヤン・ヨンヒさんの両親は熱心な朝鮮総連の活動家でありまして、両親は子ども

たちを立派な愛国者に育てようと民族教育を施すことになります。

 これまたちょっと前に再放送されたTVドキュメントで、大阪朝鮮第初級学校の

廃校までの過程を追った番組がありまして、二世、三世となるにしたがって意識の

変化や変わらないところが映し出されました。(御真影が外された壁がうつしださ

れていて、そこだけ壁の色が違っていました。)

 この初級学校はヤン・ヨンヒさんが通ったところではないでしょうか。

 ヨンヒさんの「朝鮮大学校物語」には修学旅行で北朝鮮へと行く話がでてく

るのですが、総連エリートであっても、北朝鮮へと帰っていった家族との面会には

制限が伴うことがわかりました。

 まして、北朝鮮の体制に批判的でありましたらです。

 その逆もありで、在日朝鮮人北朝鮮を支持していましたら大韓民国には、入

国することができかったのですね。

 金達寿さんに「対馬まで」という短編がありまして、この作品は生まれ故郷に

足を踏み入れることができない北朝鮮籍の仲間で、晴れた日には朝鮮が見られる

という対馬まで渡るという話です。

 金達寿さんは、晩年の1996年に韓国を訪問して故郷に立つのですが、その時

かっての仲間たちから大バッシングを受けることになりました。変わらない北朝鮮

と変わった大韓民国であります。

 総連エリートでありましたヤン・ヨンヒさんの母も晩年には、済州島に渡ってい

ます。変わった大韓民国は北に融和で、日本に厳しいということになっていますが、

内部にものすごい矛盾を抱えているのでしょうが、韓国にはものすごい熱量を

感じることです。

 かっての日本にも、このような時代があったのだよなと、思うことで。