土曜日の朝は目が覚めましたら、起き出して新聞を取りに行くことになりです。
お楽しみは読書欄でありまして、最近はあまりヒットしないのでありますが、それ
でも本についての話題を、新聞でめにできるだけよろしです。
本日に目についた書評は、すこし大きなスペースを与えられているもので、
中公文庫「戦争と平和 田中美知太郎 政治・哲学論集」であります。
評者は、御厨貴さんで、すこし引用。
「私も最後のニ論文は同時代に読んだ記憶がある。当時右派論壇人の一人と目さ
れた田中の論文は、他の単純なる右翼的論者とは異なり、あくまでも考え抜いた
思慮深さに満ちていた。『保守と革新』なる小論は、今なおその射程距離の長さに
うなるものがある。だが、同時に、あつかわれる事例がジャーナリスティックで通俗的
であり、誤解を生じかねない箇所がみられる。それを猪木はみごとに『ただ田中の
賢慮に満ちた平明な文章は、ある種の『外見上の単純さ』をもつと指摘している。」
購読している新聞で「田中美知太郎」さんのことが、このように取り上げられる
のを見るだけでも、時代は変わったと思うことです。この新聞では最近は不定期
で佐伯啓思さんの文章が掲載されますが、佐伯さんは京都の学者さんで、その
スタイルは田中美知太郎さんからつながるところがあるように思います。
当方も、いまから三十年ほど前でありましたら、佐伯さんのものなどを読まずに
ほっておいたでしょう。やはり1989年以降の世界の変化、そして中国やロシアの
有り様や日本の一強政治などという理解しにくい状況に、ちょっと違った角度か
らの見方が欲しくなったのでありましょう。
そうした時に浮かび上がってくるのが、かってまったく論外でありました右派の
論客ということになるようです。先日もだれかが(それも御厨さんであったのかな)
高坂正堯さんのかって発言が、現代の状況を見事に見通しているなんてことを
書いていて、勝ち負けではありませんが、現実主義者といわれた論者たちのしぶ
とさを痛感することです。
この時代は、理想を語ったりしますと、お花畑と揶揄されたりしますが、それで
もオキュパイドジャパン生まれの当方は、現実主義には与することができないの
でありますよ。
でも田中さんの文庫本をどこかで手にしてみることにしましょう。