すこしは読まなくては

 ずいぶんと前から借り続けている図書館本、このまま読むことができないので

あれば、返却しなくてはでありますが、すこしでも読んでみなくてはということ

で、つまみ読みというかナナメ読みを敢行することにです。

 たぶん当方が手にする小説以外の著作では一番若い人によるものです。1990年

生まれだそうですから、いまいくつなのさです。(たぶん、注目の若手というこ

とになるのでしょう。)

 その本のはじめにのところには、次のようにあります。

「高校時代の私は、鶴見の本を読みづらいと感じた。言葉や概念が難解だったわけ

ではない。『期待と回想』は語り下ろしなので、それぞれの文章は問題なく把握

できる。しかし、結局何が言いたいのかという核心はまともに理解できなかった。

( 中略 )

 実は、鶴見を理解する上で、この『わかりにくさ』に素朴に向き合うことこそ

が大切だ。

 私が『鶴見俊輔の言葉と倫理』で試みるのは、この『わかりにくさ』を手放さ

ずに、彼の言葉を妥当かつ適切に読み解くことだ。愛読者の多さにもかかわらず、

鶴見はまともに読み解かれてこなかったように思われる。彼の言葉に関する妥当

な解釈を積み上げることで、その哲学の核心をつかみたい。」

 このような若い人が鶴見俊輔さんは、わかりにくいと言ってくれるとほっと

することであります。鶴見さんのものを読み解くことによって理解を深めると

いうのですから、のぞいてみるしかないですね。

 また、次のようにも書いているのでありますね。

「『鶴見俊輔』の名の下に出版されている文章のほとんどが、彼の評伝か、敗

戦後の日本という知的条件の下で苦闘した人物の一人として見る研究であり、

そうでなければ、彼の知人や友人によって書かれた非常に好意的な文章だった

り、印象や思い入れが先走った文章だったりする。それに対し、私は彼に一度

も会ったことがないし、会うことにも特に関心がなかった。」

 こういうふうにあるのを見ますと、鶴見さんへの新しいアプローチがあるの

ではないかと期待が膨らむのでありますね。

 ということで、本日はこの本に収録の「小伝」を読んでみましたです。