うさぎ年の誕生日

 本日は朝にお誕生日おめでとうのメッセージが届くことになりです。家族か

らラインであったり、同じ二月生まれの仲間から、そして加入しているBiSH

ファンクラブからのもメッセージがあり、お節介なgoogleからもであります。

 同年生まれの方には、あと何回満月を見ることができるだろうと言っている

人もいらっしゃいますが、当方はあと何回うさぎ年の誕生日を迎えることができ

るだろうかと思うことです。

 ちなみに小沢信男さんも同じうさぎ年であったのですよね。当方よりも24歳

年長でありましたので、今年のお誕生日を迎えることができれば96歳であった

のだよな。

 本日はあれこれと同じ誕生日にタレントさんの録画したものを見ることにいた

しましょう。当方がファンであって、最近も録画したのは安藤サクラさんの「旅

屋おかえり」でありますが、最近のブラッシュアップとかいうドラマもいいこと

です。

 それと今晩にすこしでもみましょうと思っているのは、先日に放送のあった

ふたりのビッグショー」でこちらは奥村チヨさんでした。ずいぶんと昔の放送

でした。さすがに奥村さんは、当方よりもすこし年長であるようです。

 そうなると、読むものも同じ誕生日の馳星周さんのものをと思うのですが、こ

れはどうも持っていないようです。

 そんなわけで、本は昨日に図書館から思いがけずに借りることができた二月に

亡くなった作家さんの、一周忌記念出版物からです。

 憎まれっ子賢太も、いなくなると寂しいことでありまして、今月に新刊が

でるとあったのですが、そのうちに落ち着いたら図書館から借りて読みましょ

うと思っていたところ、どういうわけか、図書館の新刊棚にささっていました。

たぶん、その日に出されて、いくらもたっていないところで、当方が借りだし

たものでありましょう。

 相変わらずで、どうしょうもないやつだよなと思いながら、自分に悪口が

及んでこなければ、ちょっと渋い顔をして喝采をおくるでしょうか。

「改めて考えるまでもなく、たださえこの世で自分の理解者や賛同者を得るな

ぞ云うのは至難の業である。ましてやこの小さく狭い文芸村で、彼を知る人間

からは悪評さくさく、そして彼を知らぬ者からはその又聞きに尾ヒレも羽ヒレ

も付いた更なる悪評で冷笑されているところの貫多のようなクズ人間が、その

性根の腐った中卒の分際で、えらそうに編輯だの校訂だのの任に当たろうと云

うのである。こんなものに、力を貸そうと云う奇特な出版社社員は存在しよう

はずもなかった。土台、無茶な話である。」

 これは貫多が、師匠である藤澤清造の「根津権現裏」を文庫として出すため

にここはと思う出版社に掛け合っているときの感想であります。

 結局はまずは新潮文庫がそれを実現してくれたのですが、そこの担当に対し

ても、次のように書くのが貫多であるのですね。

「没後弟子を自任する貫多も因縁であるのか、かの社の社員の、編輯長とか云

権威主義の小男との確執が因で、長きに亘って同社とは没交渉が続いていた。

全く、小男に権力は禁物である。」

 社員のほうは言い返したら負けでありますので、じっとがまんして、付き合

いをやめるのでありますね。

 貫多のようなめんどうな人が身近にいましたら、どのように接したらいいの

かと思いながら読むのでありました。