新潮「波」といえば

 新潮「波」で連載が続いているといえば、一番なのは川本三郎さんの「荷風

の昭和」でありまして、今月号は第五十回となっていますので、まとまったら

読み通すのがたいへんそうであります。興味がないわけではないのですから、

毎月にすこしずつ読んでおけばいいのにです。

 ちなみに今月号で話題にしているのは、戦時下でのことでありまして、これは

気になることです。川本さんの書き出しは、次のとおり。

「太平洋戦争が始まると、時局と関わらない荷風のような作家は、執筆の場が

なくなってゆく。幸い父親から受け継いだ恒産があったから生活に困ることは

なかったが、軍部が大きな権力を持ち、文芸に圧力をかけてくる時代は、荷風

は耐えられなかっただろう。」

 昭和17年頃のことになりますが、この時代のほとんどの人は生活のために

時流にあわせて行かざるを得なくなったわけで、荷風は極めて例外的な存在で

あったということになりますね。

 小説家としては作品の発表の機会は失われても、生活には困らなかったので

すからね。それこそ貧乏で子沢山の作家とかは、どうすれば筆一本で家族を

養うことができたかと悩むことになったでしょうね。

 戦時中の軍部への協力とか転向のことなどは、戦後になってひどく悪いことと

して批判を受けることになったのですが、今になって思うと、どう考えればいい

のかなと思ったりすることです。

 当方の亡父にしたところで、生家は貧しくて、やっと当時の高等科を卒業し、

そののちに代用教員を経て、青年学校教員養成所へと入るのですが、青年学校と

いう存在が戦時下のものでありまして、戦争というものがなければ、ずっと浮か

ばれない生活を続けていたのかも知れずです。

 亡父の世代が、子どもたちに対して戦時下での経験を話さなかったというのは、

忸怩たる思いがあったからかも知れません。

 どうしてそんなわかりきったことに声をあげなかったのと、当方も後の世代か

ら非難されることになりそうな、今日このごろのご時世であります。