今なら炎上必至であるか

 東京オリンピックは粛々と進行中であるようです。

 当方が最初にオリンピック大会というのを認識したのはローマ大会であり

ますね。そのあとになってから「あの日ローマで眺めた月を」と歌われるこ

とになった大会であります。当方は9歳くらいでありました。

 もちろん東西冷戦の真っ最中でありまして、ソビエト圏の選手はステート

アマなんてことで呼ばれたりしていて、選手のほとんどはアマチュアという

ことになっていました。

 オリンピックを主催団体は元貴族たちが仕切っていたこともあって、選手

は報酬を受け取ることはまかりならぬでありました。今からたった半世紀ほ

ど前はそうでありました。プロの選手がオリンピックに出場可能となったの

はいつからかわかりませんが、大会が金がかかるようになって、スポンサーの

意向を受けてということもあるのでしょう。

 それにしても、その昔にCM契約をしていたかどうかで、オリンピックに

出場することができなくなったカール・シュランツは最近の状況をどう思って

いるでしょうね。

 このオリンピックという大会は、このあとどのように変化していくのであり

ましょう。それにしてもこの枠組を維持しながら大会を継続していくとすれば、

開催地を引き受けるのは中国くらいしかなくなってしまいますね。

そのうちに中国が一番のスポンサーとなって、中国の北京時間にあわせて決勝

などが組まれるということもありそうであります。

 今回は大会開会式の企画に関係しているスタッフの過去の発言などが問題と

なって辞任とか解任となりましたが、これらは発言などがあった時代においても

問題となるものであったと思われます。

 むしろその時代に問題化しなかったことが、その時代の雰囲気を伝えている

ように思います。(いまでも女性差別発言はあまり違和感なく受け入れられて

いますからして。)

 過去に発表された文章を、今の時代に読んでみますと、こんなこと言って大丈

夫かなと思うものがたくさんありますし、現代の感覚からは理解のできないこと

も多いことであります。

 先日に安価で購入し、このところ入厠読書で開いている文庫には、次のような

記述がありましたです。

「学生のころリュックサック一つで二週間あまり、四国を無銭旅行したことが

ある。ひと晩、今治港の待合室で寝た。しらしら明けに起き出して、近くの家の

門口にしゃがみこみ、配達されたばかりの新聞をひらき、配達されたばかりの朝

の牛乳をいただいた。無銭旅行などオコがましい。窃盗旅行というべきである。」

 筆者が学生のころとありますので、1960年代初めの日本の話であります。

筆者は「窃盗旅行というべき」と記していますので、これを良いこととは思って

はいないのでありますが、若い頃の出来心での行動を書き残しています。

 この文章が発表されたのは今から30年ほども昔なのでありましょうが、今で

ありましたら、書き直しを求められるか、そのまま発表したら炎上必至でありま

しょう。