織田作之助賞か

 先日に編集工房ノアさんから購入しました庄野至さん「足立さんの古い革鞄」

には、二枚の帯がまかれていました。一枚は最初からのもので、もう一枚は

この作品集が「第23回 織田作之助賞」を受けたことを知らせるものです。

 第23回というのは、2006年受賞作品ということになりますが、この時代の

織田作之助賞は対象作を「関西に関わりのある小説・随筆・評論・評伝」から

ということになっていまして、庄野至さんと柴崎友香さんの「その街の今は」

が選出されています。

 受賞を伝える帯には、選考委員の選評が掲載されていますが、当時の選者で

ある辻原登さんが、次のようにいっています。

「関西という奥深く、揺るぎない風土をまん中に据えて、家族とその友人たち

との暖かな交流を、戦前と戦後の歴史的時間の流れと、モスクワ、哈爾浜、

トロントなどの異国のトポスとの交叉の中に描き切った。だから良質の旅情が

生まれた。」

 庄野至さんの作品集の表題作は、「足立さんの古い革鞄」でありまして、こ

れは庄野さんが若い頃に、足立巻一さんに相談をしてともに芸術祭参加のテレビ

ドラマをつくるというものですが、これには異国はでてきませんので、どうやら

辻原さんは、この表題作よりも、むしろモスクワなど異国を舞台とした作品の

ほうを高く評価しているように思えます。

 異国もののほうに惹かれたというのは、当方も同様でありまして、当方のなか

で一番印象に残ったのは、「黒猫の棲んでいるホテル」というモスクワにあった

ウクライナホテルを舞台に、その時に一度だけであった人たちについて描いた

短編でありました。

 2003年に発表されたものですが、それより30年も前となる1971年9月に、当時

勤務していた放送局の出張で、モスクワへと行って、ウクライナホテルでロシア

映画を日本に紹介する会社員夫婦(ともに日本人)と過ごした短い日々のことを

書いているのです。

 その会社員は、どうしてその仕事をするようになったのか、モスクワでは、

どのような暮らしをしているのかということが、淡いタッチで描かれていて、

いかにも1970年代前半の若い人には、そういう人がいたよなと思わされるので

す。

 もちろん、そのことを思い出しているのはソビエト連邦が崩壊してからであり

ますから、社会体制がかわったことによって、あの夫婦はどうなったかという

ことも気がかりになるのでありました。

 この作品集が織田作之助賞を受けたことを、編集工房ノアさんは喜んだので

ありましょう。わざわざもう一枚の帯を作って、これを売り込んだのでありま

すが、残念ながら売れ行きはそれほどでもないようで、当方が確保したものは、

未だに初版でありました。

 足立巻一さんについての作品で売る本というよりも、異国を舞台にしたもの

で売るものでありまして、特にモスクワでの作品はおすすめでありますこと。

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