昨日に記した記事で、当方が購読をしている朝日新聞朝刊には鬼海弘雄
さんの訃報記事は掲載されていないというのは、山鼻村様よりコメントを
いただいて改めてみましたら、ちゃんとのっていました。
当方の確認不足ということになるのですが、どうしてこういうことになる
のかですが、当方に限ってのことかどうかわかりませんが、一度見て目に
入らないものは、再度見てもスルーしてしまうということがわかりました。
これでありますからして、見たから(または見ていないから)間違いない
なんてことを言ってはいけませんです。頭はだまされやすい。
また間違ったことは、間違ったと記して痕跡を残しておくほうがいいですよ
ね。なかったことにしたら、どこかのだれかと同じようになってしまいます。
気分を変えて、図書館から借りている皆川博子さんのエッセイ集を手にする
ことに。
皆川博子さんの小説は、まったく読んだことがないはずですが、装画、装丁が
美しく、日下三蔵さん編とありましたし、本についてのエッセイが中心なので、
読みすすめることができるかなと思いましたです。
いくつかの文章は、初出の時に目をしているようです。(これまたすっかり忘れ
ております。)
皆川さんは1930年生まれとありますので、もう90歳におなりですか。それにし
ては、話題がお若いことでありますね。
最近の人でありましたら、このようには書かないであろうと思われてくだりを
引用です。
「昭和5年1月2日というのが、戸籍上の生年月日であり、昭和4年12月8日、という
のが真実の生年月日である。
出生届がおくれたのは、当時、数え年の習慣のため、12月生まれは生後一月足ら
ずで二歳になってしまう、女の子は少しでも若い方が、嫁にやるときぐあいがいい
という親心からであった。」
当方の96歳の母も、戸籍上の生年月日と実際に生まれた日は違いそうでありま
すが、それは農作業が繁忙で届けにいかなかったのか、それともちゃんと育つこと
を確認してから届けようとしたものかわからないのですが、「嫁にやるときぐあい
がいい」ということではなかったようであります。