本日の新聞読書欄に

 このところ、週末の新聞の読書欄は三紙、目にしているのですが、

これはと思うものが、何週かにわたって続いたようです。土曜日の

朝は新聞を見るのを楽しみにしているのに、空振りになるのはつらい

ことです。

 さて、本日はどうだろうかと思って朝に起き出して配達された新聞を

手にして開いてみましたら、一番大きくスペースが取られているところ

に、「制度・流行になびかぬ在野の系譜」という見出しがありまして、

次の2冊があがっていました。

「勤労青年」の教養文化史 (岩波新書)

「勤労青年」の教養文化史 (岩波新書)

  • 作者:福間 良明
  • 発売日: 2020/04/18
  • メディア: 新書
 

  もう一冊は、編集グループSURE「自前のメディアをもとめて」で

田村紀雄さんのものとなりです。

 この2冊をあわせて取り上げているのは、生井英考さんとなります。

この書評の書き出しは、「『在野』ということばが、誇らしく、輝いて

見える時代があった。」であり、最後のくだりが「見出し」につかわれ

ていることになります。

 在野ということからは、もともとは官立大学などに所属していないと

いうことだったのでしょうが、いまでは大学とかに所属していないことを

さすのでしょう。

 学歴とか大人の事情で、大学に職を得ることができずに予備校教師など

をしながら研究を続けている人が、当方が思う在野のイメージです。

うんと昔であれば、牧野富太郎とか熊楠、湖南なんて人が思いつくのです

が、この本で話題となっているのは、もっと身近な話となりです。

 当方などは、この「在野」に「アマチュア精神」とふりがなをふりたく

思います。

 生井英考さんの結語を引用です。

「『在野』が輝いて見えたあのころ(70年代)は、『野』が圧迫され、

社会の管理が進む時代だったのだ。

 その流れに抗し、易易と制度にも流行にもなびかなかった在野の知性の

系譜を、いま私たちは絶やしてはなるまい。」

 その昔にときの総理は、曲学阿世の徒と学者さんを非難しましたが、

いまや曲学阿世の徒は、大きな顔をして政府の審議会メンバーになったり、

国会で参考人となっています。ほんととほほな時代となりました。