薄さでは負けないが

 「ほんの雑誌」5月号が届きました。特集は「薄い文庫を狙え!」であります。

週刊文春に「文庫本を狙え!」という名物コラムがありましたので、タイトルは

それへのオマージュとなりです。

本の雑誌443号2020年5月号

本の雑誌443号2020年5月号

  • 発売日: 2020/04/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  こちらの特集の「薄い文庫本」というのは、できるだけ流通しているものか

らのようですが、この特集のリード文にもありますが、薄いというとかっての岩

波文庫ですね。

「かって岩波文庫は★ひとつ二十銭であった。創刊当時は百ページが★ひと

つで、露伴の『五重塔』は★ひとつ、漱石『こころ』は★二つだったという。」

 当方が購入する頃には★一つは五十円となっていましたが、それでも★ひ

とつの文庫本はそこそこありましたし、旧制高校的な読書人のなかには、一日

岩波文庫★一つ読むことをノルマにしていた人もいたようです。(たぶん、

杉浦明平の読書エッセイにあったのでは、ちがったかな。一ヶ月に1万ページと

いうことで有名になったやつ)

 最近の岩波文庫ではどんな薄いものがあったかわかりませんが、物置の

文庫棚にある薄いものを取り出してきました。本日抜いてきたのは、モリエール

のもので、すべて翻訳は鈴木力衛さん。「守銭奴」は★二つで、「ドン・ジュアン

から「タルチュフ」まではすべて★一つでありました。一番薄いのは「いやいや

ながら医者にされ」で本文109ページでした。1971年の第11刷で、当時50円。

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 写真の一番右においたのは、比較的新しい河出文庫の薄い小説。作者は

山本昌代さん、これは大きな活字でゆったりと組まれていて、贅沢な一冊。

  本文169ページですが、会話が多く、改行されていますので、読みやすし

です。すぐに読めてしまいそうで、何度か手にしたように思いますが、ほとんど

頭に残っていないというのが、なさけなやです。

 出たときにすぐ読んだとしたら、その時の当方は四十代半ばであります。

作者は当方よりも十歳ほど年少ですから、作者に重なりあう作中人物の

視点で、小説の筋(もともと筋はあってなきがごときですが)を追っていたよう

であります。それから四半世紀が経過して、作中人物の父親の年齢を当方は

超えるようになっていました。

 そうなりますと、ちょうどそのこと仕事を定年退職した父親とかメニエル病

悩む母親の方が気になることになりです。

「退職したら何か軽い仕事でも捜して、と妻の立場でそう考えていた。

幸い、明氏は心身ともに元気なまま職場を離れ、その後の計画もきちんと

胸の内にあるようだった。

 毎朝早く家をでなくなって、明氏がまず始めたことは二つあった。

 ひとつは関内のカルチュアセンターの文学の講座を受講し出したこと。・・

 明氏が退職してから始めたふたつのことのうちのもうひとつ、それは歩く

ことだった。」

 この小説において、ここのところがどのくらい重みをもっているのかであり

ますが、60歳くらいで仕事をやめて、そのあとは文学講座と歩くことに時間

を費やすというのは、うらやましいではないですか、それがいつまでも続くと

いいのにですが、まあそれは小説を読んでいただくことにいたしましょう。

 以前にも記したことがありますが、山本昌代さんはすでに新しい作品を

発表しなくなって20年となりです。

 そのうち、長い眠りから覚めたように作品を発表することになってほしい

ものです。