「ほんの雑誌」5月号が届きました。特集は「薄い文庫を狙え!」であります。
週刊文春に「文庫本を狙え!」という名物コラムがありましたので、タイトルは
それへのオマージュとなりです。
こちらの特集の「薄い文庫本」というのは、できるだけ流通しているものか
らのようですが、この特集のリード文にもありますが、薄いというとかっての岩
波文庫ですね。
「かって岩波文庫は★ひとつ二十銭であった。創刊当時は百ページが★ひと
つで、露伴の『五重塔』は★ひとつ、漱石『こころ』は★二つだったという。」
当方が購入する頃には★一つは五十円となっていましたが、それでも★ひ
とつの文庫本はそこそこありましたし、旧制高校的な読書人のなかには、一日
に岩波文庫★一つ読むことをノルマにしていた人もいたようです。(たぶん、
杉浦明平の読書エッセイにあったのでは、ちがったかな。一ヶ月に1万ページと
いうことで有名になったやつ)
最近の岩波文庫ではどんな薄いものがあったかわかりませんが、物置の
文庫棚にある薄いものを取り出してきました。本日抜いてきたのは、モリエール
のもので、すべて翻訳は鈴木力衛さん。「守銭奴」は★二つで、「ドン・ジュアン」
から「タルチュフ」まではすべて★一つでありました。一番薄いのは「いやいや
ながら医者にされ」で本文109ページでした。1971年の第11刷で、当時50円。
写真の一番右においたのは、比較的新しい河出文庫の薄い小説。作者は
山本昌代さん、これは大きな活字でゆったりと組まれていて、贅沢な一冊。
本文169ページですが、会話が多く、改行されていますので、読みやすし
です。すぐに読めてしまいそうで、何度か手にしたように思いますが、ほとんど
頭に残っていないというのが、なさけなやです。
出たときにすぐ読んだとしたら、その時の当方は四十代半ばであります。
作者は当方よりも十歳ほど年少ですから、作者に重なりあう作中人物の
視点で、小説の筋(もともと筋はあってなきがごときですが)を追っていたよう
であります。それから四半世紀が経過して、作中人物の父親の年齢を当方は
超えるようになっていました。
そうなりますと、ちょうどそのこと仕事を定年退職した父親とかメニエル病に
悩む母親の方が気になることになりです。
「退職したら何か軽い仕事でも捜して、と妻の立場でそう考えていた。
幸い、明氏は心身ともに元気なまま職場を離れ、その後の計画もきちんと
胸の内にあるようだった。
毎朝早く家をでなくなって、明氏がまず始めたことは二つあった。
ひとつは関内のカルチュアセンターの文学の講座を受講し出したこと。・・
明氏が退職してから始めたふたつのことのうちのもうひとつ、それは歩く
ことだった。」
この小説において、ここのところがどのくらい重みをもっているのかであり
ますが、60歳くらいで仕事をやめて、そのあとは文学講座と歩くことに時間
を費やすというのは、うらやましいではないですか、それがいつまでも続くと
いいのにですが、まあそれは小説を読んでいただくことにいたしましょう。
以前にも記したことがありますが、山本昌代さんはすでに新しい作品を
発表しなくなって20年となりです。
そのうち、長い眠りから覚めたように作品を発表することになってほしい
ものです。