母のコレクションかな

 図書館がお休みであることをいいことに四方田犬彦さんの「女王の肖像」を

いまだ返却せずに、ちびちびと読んでいます。(休館ではありますが、返却ポスト

へ投函すれば返却できるのですが、それは味気ないないことすから)

女王の肖像−−切手蒐集の秘かな愉しみ

女王の肖像−−切手蒐集の秘かな愉しみ

 

  以前にも触れていますが、この本が当方にとって興味深いのは、四方田の父方

の家族への言及があることによってです。本日に読んでいたところでは、次のような

記述がありました。

「もう長いこと音信の途絶えていた従姉から突然、段ボールが送られてきたのは、

本書の執筆を始めて間もないころだった。段ボールにはいくつもの菓子箱や茶封

筒、それに厚紙の大きな箱が入っている。田舎の食べ物を送ってきたというわけでは

ない。一つの箱を開けてみると、記念切手のシートが何十枚も出てきた。一枚ごと丁

寧に硫酸紙で包まれている。」

 この従姉は、「音信の途絶えていた」とありますことから父と別れることになってか

ら交流の途絶えた、父方の従姉でありますね。それでも従姉のほうでは四方田のこと

を気にかけていたようで、この連載が始まったことによって、そうだ自分の手元に残さ

れている切手を、子ども時代に切手蒐集をしていた四方田に贈ろうと思ったのであ

ります。

「それはわたしの父方の祖母のコレクションだった。

 わたしは最後に祖母の家に行ったときのことを思いだした。半世紀以上前のこと

で、わたしは小学生だった。夏休みは終わろうとしていた。海にも西瓜にも、河辺で

の花火にもすっかり飽きてしまったわたしは、東京に戻る支度をしていた。そのとき

祖母がわたしを呼びとめ、仏壇のわきにある黒い抽匣から取り出してきたのが、

切手シートの束だった。どれでも好きな切手をあげるからいってごらんと、彼女は

いった。」

 四方田の祖母でありますから、どう考えても明治生まれの女性でありましょう。

1950年あたりから二十年間に発行されたものが祖母のコレクションとして残され

ていたとあるのですが、そのコレクションに関して、四方田は次のように書いていま

す。

「祖母はコレクターとして、はたしてどこまでの自覚をもっていたのだろう。大量の切

手シートを見るかぎり、彼女はおそらく何も考えていなかったように思われる。

出入りの郵便屋さんに頼んで、綺麗な切手が出たら取りおきをしてほしいくらいの

ことはいっただろうが、後は彼が切手シートをもってくるたびに代金を払っていただ

けだったと、私は推測している。自動的に届けられる切手を眼で慈しんだり、アルバ

ムに整理して人に見せるというわけでもなかったようだ。投資目的であったとも思え

ない。おそらく戦後の日本では、そうした何気ない蒐集家というのが少なからず存

在していたような気がする。」

 時代は1950年ころでありますから、郵便屋さんという言葉は普通につかわれて

いましたですね。チャペックの小説のタイトルにありますし、子供たちが路上でゴム

縄跳びをするときに「郵便屋さんおとしもの」と歌っていましたです。そうした郵便

屋さんに頼みましたら、記念切手がでたら届けてくれたという時代があったのです。

 これは郵政民営化にともなってなくなってしまった(今もノルマがきついから

やっている人はいるかもしれないが)習慣でありましょう。

 四方田さんが書いていますように、あちこちに何気ない蒐集家がいまして、当方

の母もそうした一人でありました。いったいつからいつころまで気に入った記念切手

がでたら購入していたのか、切手シートホルダー6冊分くらいに収まっています。

そのうち、この切手シートをどうするのかと母に確認しなくてはいけないのですが、

電気機関車シリーズなんてのがありますと、なんともばらして使うにも抵抗がある

ことです。かといって、当方は切手蒐集を引き継ぐなんて考えはないのでありまし

て。

f:id:vzf12576:20200315203607j:plain