最高気温は6.2度だが、マイナス。

 ストーブをつけていても、室内はあたたまりませんです。道産子は、外が寒い

のには慣れているのですが、室温が低いのにはからきし弱いのであります。

冬に関西へといっていますと、居間の室温が低いので、すこしストーブでも

つけてもらいたいなと思ったりです。

 本日は最低気温はマイナス13度ほどで、うんと寒いということもないのです

が、最高気温がマイナス6.2度というのは低いですね。それでも日中におひさん

がでているときは、かろうじてストーブを消して過ごすことができました。

 こういう時には、それこそ気持ちがほっこりと温まるものを読めばよろしであり

ますが、よりによって悲惨な虐殺について書かれた「ブラッド・ランド」を読むこと

になりです。

 ほんとに殺伐な話でありまして、本日に読んでいたところにあったくだりを引

用することにします。

「人民戦線時代のヨーロッパ人は、こうした殺害や強制移住ソ連で起きている

ことに気づかなかった。大テロルがおこなわれているという認識があったにして

も、それは単に見せしめ裁判や、党や軍の粛清と考えていた。大テロルの本質は

当時の専門家やジャーナリストが知っていたこうしたできごとではなく、クラーク

作戦と民族作戦だったのだ。政治犯として処刑された68万1692人のうち、両作

戦の犠牲者は62万5483人にのぼる。処刑の9割、流刑の四分の三が両作戦に

よるもだった。」

 政治犯だけで、この数字でありますからして、この時代に、この国で生きること

はとってもたいへんでありました。クラーク作戦でも民族作戦でも標的になった

のはソビエトウクライナに住むポーランド人でありまして、その作戦を実行した

スターリン配下の人たちは、その次には自分たちが標的になるのを知るのであり

ました。

 現在もあちこちの国に独裁者といわれる支配者はいるのでありますが、この

ような民族浄化のようなことをしますと、国際法廷にかかることになりますが、

さて、現在にかかりそうなのは、どこの指導者でありましょう。

 ウクライナソビエトポーランド人と比べますと数的には比較になりませんが、

この時代のソビエトロシアでは「日本が直接的な脅威に見えていた」とあって、

それについて、このように書かれています。

「東アジアにおける日本の活動ぶりがクラーク作戦推進の口実となり、やがて

ソ連国内に暮らす少数の中国人や満州から帰国したソビエト人鉄道労働者へ

の弾圧の引き金にもなった。日本のスパイ活動を理由に、国内の極東地域で

暮らしていた約17万人の朝鮮人全員がカザフスタン強制移住させられた。

当時は朝鮮が日本の占領下にあったため、ソ連在住の朝鮮人は、日本に連座

する形で一種の離散民族となった。」

 日本からすれば、極東地区の朝鮮人はロシアのスパイとなりますし、ロシア

からは日本のスパイとなるのですから、ふんだり蹴ったりですが、ウクライナ

おけるポーランド人とはちがって大量殺害を免れたのは、不幸中の幸いで

あったかもしれません。