本日より夏の家

 暑い大阪から小さなお客様がいらして、本日より夏の家であります。

しばらくはお客様中心の生活となりで、ゆっくりと本を読んでいる時間もなく

なることですとこれはいいわけで。

 夏の家というと東京方面でしたら軽井沢あたり(浅間山のふもと)となりま

す。軽井沢あたりは、標高千メートルくらいですから、東京とくらべるとぐっと

涼しくなりますが、それでも北海道の太平洋岸の当地とくらべるべくもなし

です。本日はひさしぶりにちょっと蒸しましたねといって、本日の最高気温は

22.8度で、大阪とは10度以上も低い。

 夏の家といえば、松家仁之さんの「火山のふもとで」でありますが、関西から

でしたらLCCを使えば、北海道のほうがぐんと安くくることができるのですよ。

軽井沢とくらべると、土地の値段もやすいしね。

火山のふもとで

火山のふもとで

 

  そういえば、先日にNHK教育(といったほうが、当方にはなじみであり)で

避暑地のことをとりあげていて、その時に女優の木村多江さんが散策して

別荘を訪れるというシーンがあったそうです。当方はたまたまみていなかった

のでありますが、その時に訪問した別荘は小説家 辻邦生さんのものであっ

たとのことで、これは見て置きたかったなです。

 軽井沢に仕事場をもっていた作家さんたちは多いのですが、これは古くか

らのところではなく、戦後になってから開発されたところであります。

軽井沢なんてとってもいえないないということで、昔からの呼び名で沓掛と

いっていたのは中野重治さんで、後藤明生さんのところも同じあたりではな

かったのかな。

 昨年のバラの時期に訪問した「軽井沢高原文庫」で購入した冊子「高原文

庫」には、文人たちの「夏の家」での暮らしのことが書かれています。

 後藤明生さんなどは軽井沢の雰囲気から遠くに感じますが、「挟み撃ち」は

軽井沢で執筆とありますので、相当に昔から夏は軽井沢であったようです。

大阪の大学に勤務しているときは、大阪から軽井沢へと直行する列車があった

と記していました。「追分と私」という文章。

「大阪から追分へ出かけるようになって、もう八、九年となる。最初の頃は

『シャレー軽井沢』という夜行列車ででかけた。夏の間だけ運転する臨時列車

で、神戸始発だったと思う。大阪発は夜中の十一時頃ではなかっただろうか。

全車寝台車、一輛だけがサロン車のようになっており、三々五々、喋ったり、食っ

たり、飲んだり出来るようになっていた。」

 今はすっかり姿を消してしまった臨時の夜行寝台であります。東京から大阪

に生活の本拠を変えた、後藤さんは、このようにして軽井沢へといっていたの

か。この「シャレー軽井沢」とっくに廃止となって、それからは名古屋経由で

行くのだそうです。この文章には、一日に一本大阪から長野への直行列車が

あるとありますが、とっくになくなっていそうですが、どうでありましょう。

時刻表をみてみよう。