あらまどうした

 このところ当方がブログの更新などにつかっているのは、LinuxMintを

インストールしたレッツノートでありまして、本日も野暮用から戻りましたら、

まずはこのノートの電源を入れることになりです。

 電源を入れましたら、Mの文字が現れて、それからOSがたちあがること

になるのですが、本日にはエラーとなって起動せず、 (initramf)の文字が

表示であります。検索をしてみましたら、コマンドを打ち込めば問題解決の

ようにあるのですが、やってもうまくいかないので、あっさりとこれまでより

も新しいMintをインストールすることになりです。

 もともとほとんどデータもいれていなかったので、まあ心機一転でありま

すかな。OSを入れ替えても認証なんてことがいらないというのは、精神的な

負担がかからないことです。

 週末から連休に入ることになることもあり、休みに読む本を図書館から

借りています。世間では10連休とかいっていますが、図書館は、お休みの間

はすべて開館するといっていますので、別にあわてて借りなければいけない

のですが、10連休なんてことを聞きますと、それはどこの世界の話という人

がたくさんいるのでありましょう。仕事を休むことができる人とできない人の

差は大きくなっているようです。

 図書館から借りたものは、これは値段が高いし、購入するということには

ならんが、どこかでのぞいてみたいなと思っていたものです。

柳田國男全集 別巻1 年譜 (シリーズ・全集)

柳田國男全集 別巻1 年譜 (シリーズ・全集)

 

 400ページのほぼすべてが柳田國男の年譜にあてられていて、柳田に

関心がなくても、年譜好きな人にはおすすめの一冊です。

 ほとんど柳田の日記から抜き書きして作ったのではないかと思うのですが、

凡例を見ますと、次のようにありです。

「(「定本柳田国男集」別巻五)の資料は、従来柳田自身の日記をもとに作られ

た定評のある年譜であるが、本年譜もまたその『定本年譜』に拠る事項の記述

が少なくない。現在でもなお当該時期の日記公開がなされていないためでも

ある。今後の柳田評伝研究の進展のためにも一日も早い日記の発見と公開を

願う。」

 かっての定本の別巻に収録の年譜がどのようなものであるのか承知してい

ませんが、たぶんこの年譜は、その数倍のボリュームでありましょう。柳田の日記

を見ることができていないなかで、こんな詳細なものができるとは、どのように

して採取したのでありましょう。

 最初のところを見ていたら明治39年31歳の時に「北海道出張を命じられる」

とあって、8月末から約2ヶ月北海道と樺太を視察しています。9月6日から7日の

ところに次のようにありました。

「6日 帯広から汽車に乗り、釧路の築港予定地の視察に向かう。途中、白糠の

   浜で、アイヌの人たちが、昆布を干しているのを見る。

7日  大雨のなか、釧路から帯広に戻る途中、昨日に見た白糠の浜の昆布を  

   見て、『たまさかにとりてほしたるしらぬかのあいぬがこぶをぬらす雨ふる

   (かな)』の歌を詠む。帯広の試験場を見学したあろ、伏古アイヌ学校を

   訪れ、伏見弘三の話を聞き、共感する。」  

 もちろん、この時は柳田は役人でありますが、伏古アイヌ学校ではどのような

話を聞いたのでありましょう。(これは明治37年に開校した北海道庁立第二伏古

尋常小学校というのが帯広にあったとありますので、この学校のことですね。)