旅のとも 3

 「われ山に帰る」同時代ライブラリー版には、山口昌男さんの解説がついています。
高田さんは編集者時代から山口昌男さんとは旧知でありましたので、そうした縁での
解説依頼かなとも思うのですが、もうひとつは民俗学へのかかわりでありましょうか。
 山口さんは解説で、「私などの全然知らなかった小山の凄絶とも言うべき生涯を教
えられ、腰を抜かさんばかりに驚いた」と書いています。小説よりも奇なりというほ
どの無頼な生きかたでありまして、とうてい普通の人では付き合い続けるのが難しい
と思われることであります。家族にとってはとんでもない父親であったのだろうなと
感じるのですが、今の時代でありましたら、すぐに家庭崩壊といわれるでありましょ
う。
 若い頃には労働運動に身を投じて、足尾、釜石の労働争議オルグとして関わり、
それに行き詰まりを感じて運動から離れて、堺利彦のところに戻り、その紹介で
柳田国男の門下となります。
 高田さんは、この入門について、次のように書いています。
「勝清は、柳田が山の世界への共感をしめしているのに感動した。文明社会とは別の
社会の存在に注目していることがうれしかった。
 この本(「後狩詞記」のこと)を書いた人の下で学ぼう。晴山で山を見、村人と
語って考えてきたことが、この人の下で深められるにちがいない。」
 これから数年間にわたって柳田のところへと通って勉強することになりますが、
あることをきっかけにして、柳田から「破門された」と感じるようになるのととも
に、「柳田の考え方に勝清のほうで、疑問あるいは不快を、次第に持ちはじめてい
たのである。」となります。
 この「柳田への疑問あるいは不快」というのが、山口昌男さんによる解説のメイン
となってきます。