星ひとつ

 星一つとか三つと記しましたら、最近ではミシュランガイドのことが頭に浮かぶよ
うですが、その昔の読書人にとっては、岩波文庫の背表紙についていた星ですね。
岩波文庫の星を見れば、その本の価格がわかるという仕組みになっていまして、最近
でも背中がやけているような岩波文庫には星がついているはずであります。(この星
表示は1981年4月の新刊から廃されたとのころ。)
 このところ読み継いでいる「ブッデンブローク家の人びと」は、各巻ともに星四つ
でありますので、昨日の旭屋書店のレシートのとおりで星ひとつ50円、四つで二百円
となりです。とてもわかりよろしいことで。
 星ひとつというのは、一日に読破する目安でもありました。旧制の中学から高校生
にとっては、一日の読書ノルマを星一つ分として、競いあう(?)こともあったよう
です。ということは「ブッデンブローク家の人びと」であれば、16日以内に読了しな
くては話にならぬということになりです。すでに3ヶ月も、この小説を手にしている
当方は、穴があったら入りたいです。
 読んでいて目にとまったくだりであります。この小説は「ある家族の没落」と副題
にありまして、下巻に入りますと没落にむかってすすんでいくのですが、現在の当主
の弟が、当主の息子(ということはまだ幼い甥っ子)にむかっていう言葉であります。
「これまでに劇場へ行ったことがある?  『フィデリオ』を見た? そう、あれは
よかったね。 こんどは、自分でやってみようってわけ、ええ? 自分でオペラを演
出してみようって? そんなに感心した? ねえ、君、忠告するが、こういうものに
あんまり熱中しないことだよ。 芝居 そういうものは、 なんにもならないからね、
叔父さんの言うとおりだよ。叔父さんも、こういうものに熱を入れすぐてね、それで
ろくなものになれずにしまったんだよ。大失敗だったよ、ほんとうに。」
 商売にはまったく熱心でなく、遊び友だちがたくさんいて、夜になると芝居か酒場
へと入り浸っていて、没落に一役買う叔父さんが、自分のようになってはいけないと
甥っ子にいうのですが、なんとも説得力がなくて、どう考えても叔父さんの生き方の
ほうが楽しそうでありますこと。