窮袴かな

 入厠読書で「周作人随筆」(冨士房百科文庫)を読んでいましたら、窮袴

という文章がありました。

周作人随筆 (冨山房百科文庫)

周作人随筆 (冨山房百科文庫)

 

  窮袴とは、普段ほとんど目にすることのない言葉でありますが、これは

なんのことでありましょう。検索をかけてみましたら、韓国などでは普通に

使われているものであるらしですが、周作人さんでありますので、これは

中国の話となります。

 この文章の書き出しは、次のごとくです。翻訳はもちろん松枝茂夫さん

となります。

「古えより今に至るまで、人はみな婦人の貞節に対して非常な関心をもっ

ているらしい。」

 ということで、これは「婦人の貞節」がテーマの文章となります。古来か

らいろいろと考えられた結果、中国では宦官という制度を生み出したされ

たとあります。もちろんこれは一般的ではありませんですね。

 周作人が読書をしているときに、「愛惜して窮袴を加え、防閑ぎて守宮

に託す」という句を見つけたとあります。 防閑ぎてはふせぎてとルビが

ふってありました。守宮とはヤモリのことだそうです。婦人の貞節には窮袴

とヤモリが関係していることが、これでわかります。

 これを目にして周作人は、窮袴が、そういう意図で使われている実例を

さがすのでありますが、「窮袴には前後の襠があって交通できぬように

なっている」という注を見つけて、「この考えはもともとはなはだ明瞭だ。」

といっています。

 襠はまちと読むのだそうですが、普通は衣服の幅が足りないときにあて

る布をいいますが、この周作人さんは、もうひとつの意味したおびというほう

で使っています。

 なるほどね、ここまでいってもらえれば、なんとなくわかってきたろうかで

す。まあ、これがどのくらい役にたったかでありますね。ちなみにヤモリもそ

のために使われたというのは、まるで初めて聞く話です。

 これから話は、西洋にとんでいくのであります。

「口ではちょっと言いにくく、図を見なければ容易になっとくできないだろう。

簡単にいえばそれは丁字形の帯で、金属で作ったものである。古いのは前

方の一片があるだけで、なかには象牙で作ったものもある。しかし普通の前

後二片から成るものはすべて鉄か銀で造り、数個の部分を蝶番でつなげた

のを、鉄片の腰帯に掛け、一個ないし三個の錠前を下ろして、その鍵はむろ

ん他の人の手に保管されるのだ。」

 これは西洋のものですが、これを中国の言葉に訳した時に、袴としたこと

から周作人は「窮袴」を想い起こさせるとなります。なるほどね。

「わが中国では、士君子が婦女の貞節への関心の切なることにかけては

西方の紳士におさおさ劣りはしなかったけれども、こんなうまい方法は決し

て考えだせなかったのである。」となります。

 それにしても中国ではこんなうまい方法が考え出せなかったので、とんで

もない方法がとられたとあります。中国には、1600年にマテオ・リッチが時計

とか大砲などを持ち込んだのに、どうしてこの帯だけはもってこなかったのか

と書き、「きっと神父という体面上きまりが悪かったためだろうか。」と終えて

います。

 そういえば、日本にもこうした帯は江戸時代には入ってきていないかもし

れませんです。参勤交代があったあの時代に必要はなかったのかなと思う

ことであります。