堀江さんとギベール 4

 エルヴェ・ギベール「赤い帽子の男」というのは、作者とイメージのかぶる主人公
が絵画の収集を行うなかで、画商や画家とつきあい、贋作をめぐる業界の裏事情など
を見聞していくというのが一つの流れとなり、それに通奏低音のように主人公の病気
を原因とする体調不良(死へとむかっての)が重なります。
 「赤い帽子の男」というのは、亡くなる前にフランスのTV番組に登場したときの
ギベールのスタイルであったとのことで、作品が刊行されたのは、没後のことでは
ありますが、それ以前に現実のギベールは、「赤い帽子の男」を演じていたことで
あります。
 いかにも私小説のようにも思えるのですが、もちろんこの作品はフィクションと
なります。
 昨日に羅列した作家は、ギベールが好きな人たちであるとのことで、なかでも一番
好きであったのは、最初に名前があがっているチェーホフのようです。
しかしそれにまじっての「ソウセキ、タニザキ」です。ほかのほとんどの作家たちは、
はてなに登録されているのですが、「ソウセキ、タニザキ」はリンクがはられていな
いのは、当然といえば当然ですね。
 このうち「ソウセキ」は、主人公が、画家バルテュスを訪ねるところで、再び名前
があがってきます。
ギベールは小説家となる前は、ル・モンド紙記者をしていたとのことで、その仕事で
画家バルテュスにインタビューすることに成功したのだそうです。この小説のなかに
取り入れられているのは、その時のインタビューをもとに小説化したものです。
 当方はバルテュスのことを知ったのは、最近のことでありますので、この翻訳が
でた時に、このバルテュスとのくだりを見てもなんの感慨ももたなかったでありま
しょう。
 ギベールバルテュスにインタビューできたのは、1983か84年のことだそうです。
「この五十年来、一枚の写真とて押さえられていない画家が、かくも衆人の耳目を
集める催しに姿を現したことで誰もが驚いていた。バルテュスは亡くなったと信じ
ている人間もいれば、百歳になっているという者もいて、本人の意思は知らず、
彼はすでに生きた伝説となっていたのである。」
 この時、バルテュスはなぜかヴェネチュア映画祭の審査員となって人前にでるこ
とになったのだそうです。
 それまでも記者ギベールは、なんとかバルテュスへの接触を試みて、自宅へと
電話をしていたこともあったのだそうです。
「電話口で、彼の妻からはいかにも日本的といえる慇懃無礼な口調で撥ね付けられ、
十歳になる娘には鼻であしらわれ、その教育係の女性からは、二度と電話なさらな
いでくださいと申し渡されていた。」
 バルテュス夫人は日本の方でありましたが、一方的に電話をくれる報道関係は
迷惑な存在であったでしょう。
 しかし、そのバルテュスが眼の前にいるのですからね。