堀江さんとギベール 8

 ザボロフという画家は、どのくらい知られているのでしょう。「赤い帽子の男」の
巻末には、登場人物の紹介が掲載されています。そこで紹介されている「ザボロフ」
さんです。
「 1935年 ミンスク生まれ。ミンスクで絵画を学んだ後、モスクワ及びレニング
ラードの芸術アカデミーで学ぶ。1980年にフランスに亡命。亡命当初は、舞台装飾や
書物のイラストを手掛けていた。1983年、クロード・ベルナール画廊で初の個展を
開く、本書で述べられている通り、1989年、パリの現代美術館、つまりパレ・ド・
トウキョウで展覧会が開かれ、評価を確立する。」
 堀江さんの「下降する命の予感」には、以上に続いて「「(亡命に)いたるまで
の決意と断念について具体的なことはなにひとつわからないのだが、彼の絵にひそ
むどこか密室的な空気、色褪せた家具や革装の本などの小道具が持つ閉鎖性からは、
強い拒絶の意思が感じられる。」とあります。
 ギベールさんは、ザボロフさんの絵に引きつけられはするのですが、この画家に
ついての思いを作中で吐露することはありませんでした。堀江さんの「下降する命
の予感」にあるくだりです。
ギベールが繰りひろげる偏愛の目録のなかで、ザボロフの名に割り当てられた行
数はごくわずかなものでしかない。画廊主とのつき合いを深めながらも、主人公が
後日にこの画家の絵を購入した形跡はなく、それどころか物語の発端で赤い帽子の
男の視線を一瞬のうちに魅了してしまったザボロフの名は、放置されたままついに
戻ってくることはないのだ。」
 ギベールが、ザボロフの作品にひかれながらもなにもコメントをしていないので
すが、堀江さんは、ザボロフの作品に「(「赤い帽子の男」の)物語のなかで大き
な位置を与えられている他の画家たち以上に顕著なギベール的主題があふれ出てい
る。」と書くのでありました。
 この段階で、堀江さんのなかでザボロフが大きな存在となっていることがわかり
ます。