目下旧聞篇 3

 本日も長谷川四郎さんの「目下旧聞篇 きょうかたるきのうのこと」からでありま
す。ひさしぶりに長谷川四郎全集をひっぱりだしてきて、これの解説と四郎さんによる
「作者ノート」を見ています。
 

 まずは、これの「作者ノート」からの引用です。
「ベルリンから東京の借家へもどってきて、そこでベルリン物語を書いているうちに
私はなんらかの転機をもとめ、がらにもなく、わが国の現代風俗小説みたいなものを
まとめてみたいと考えた。そして出来たのがおそまつな『目下旧聞篇』 あしたかたる
きょうのことである・・・『きのうはきょうのむかしにして』はその通りだが、『目下
旧聞篇』は、『あしたにかたるきょうのこと』なのである。それはきょう書いているに
はちがいないが、この身はふと、あしたにいるような気がしないでもないからだ。この
あしたは、もうない世界、墓石のむこうの世界かもしれない。」
 収録されている六篇がすべて「あしたにかたるきょうのこと」ではないようでありま
すが、このなかの4(もとはアラビア数字での表記)となる作品は、初出のときの表題
が「若菜会」となります。書き出しは、次のようになります。
「一丁目一番地、バス通り裏、向う三軒両隣りの、とある町角にアパートがあって、そ
こに彼女たちが住んでいた。
 そのアパートは、停年退職した公務員が、あれこれと考えあぐんだ末、余生を安楽に
おくる投資法として、ついに貸間業をえらび、退職金と定期預金の半分を投じて、新築
したモルタル家屋というのだった。
 彼女たちはこのモルタル家屋に、それぞれ確実な紹介者をへて、ばらばらに移りすんで
きたのだが、おそらくは偶然による組み合せの妙というべきものだったろう、彼女たちは
やがてそこに、若菜会というのを結成することになった。」
 書き出しにある三つのフレーズは、この作品が発表された1959年当時に人気のあった
ラジオドラマのタイトルでありました。この1959年というのは、60年の前年ですが、
当時の皇太子の結婚式があったということでも記憶に残る年です。
 さて、未来からみてみたら、この小説に描かれている風俗はどのようにうつるかであり
ます。
 アラカンの独身女性たちが、ルームシェアしながら共同生活を送っているようにみえな
くもありません。その女性たちは格別働いてはいず、金利で生活はできないので内職を
しているのだそうです。
「若菜会の面々はアメリカびいき」で、「アカとよべばワルイと」条件反射でこたえる
人々だそうです。もちろん、民間出の妃殿下誕生に感激して、次のようにいうのでした。
グレース・ケリーも顔負けじゃない、これこそ民主的だわよ、民主的だわよ。」
これに続いてであります。
「PRの効力は大きかった。彼女たちはそのモルタル家屋に帰ってからも、感激なお去り
やらず、共通の広場(というのは、台所だったが)にたむろし、気が大きくなって、みず
から進んで先を争い、ガスに点火したほどだった。そして口々に、民主的、民主的ととな
えていた。それしか彼女たりの感激をあらわす言葉はなかったのである。これほどまでに
民主的になった以上、警職法改定だろうが、安保条約改定だろうが、憲法改定だろうが、
もろもろの<改定>について、なにを騒ぐことがある とは言わなかったが、しかし、
もしそのように示唆する人がいたとすれば、彼女たちはいっせいにそう唱えだすか、
少なくとも、即座に賛成の意を表したことであろう。」 
 この時から55年が経過していますが、積極的平和主義なんてことにも、即座に賛成の
意を表するのでありましょうか。いまの「若菜会」の女性たちは。