小尾俊人の戦後

 本日は憲法記念日であります。民主的な憲法ができたことを祝って、その日を祝日
にしようした時代があったことを忘れないようにしなくてはいけないですね。
 憲法をかえることとくらべると祝祭日をかえることなんて簡単で、ちょっと法律を
いじれば、過去のものを復活したり、名前をかえたりすることができます。憲法記念
日を大型連休のなかの単なる一日にしてはならずです。
 ということで本日に手にしていたのは、次のもの。

 「みすず書房」を立ち上げた小尾さんについての本ですが、興味深いのは付録とし
て小尾さんの「1951年の日記」と「月刊みすず 編集後記」が収録されていること。
小尾さんがみすず書房を立ち上げて、最初の本を刊行したのは1946年ですから、その
時の小尾さんは弱冠24歳でありました。本当に若いことに驚きです。
 当方にとって嬉しいのは、小尾さんの1951年日記があることですが、小尾さんの
日記ではこの年のものだけが残っているのだそうです。
なぜ嬉しいのかといえば、この年に当方が誕生したからでした。当方が生まれた日の
日記はあるかしらんと思ってみましたら、ありましたです。
「二月十八日 
 原書店 トレールチ四巻を依頼す。
 長谷川(四郎)氏を訪ね、共に多摩川べりを歩いて小堀(杏奴)氏にゆく。
 それから、守田(正義)氏を二人で訪ねる。守田さんジャンル論を提出、長谷川氏
 考えてさらに伺う・・・とのこと。ともに依然たるものなり。中野重治を守田氏訪
 問し、みすずのことをいう、と。送られた本に礼状も出さないでは、送る気はなし
 と答えた。」
 当方が生まれた日の日記に、長谷川四郎さんがでてくるというのににんまりです。
長谷川四郎さんと小尾さんがつながるのは、片山敏彦さんによってですが、長谷川
四郎さんの本の何冊かが「みすず書房」からでているのは、そうした縁によってで
あります。
 まずは、この本「日記」から長谷川四郎さんとの交流にかかる部分を読んでみる
ことにいたしましょう。