チャトウィンさんの取り上げる人物は、マンデリシュタームとかアンドレ・マルロー
のように知名度が極めて高い人から、ヴェルナー・ヘルツオークのように知る人ぞ知る
という人まで様々であります。
目次に掲載の名前を見て、これはと思ったのは、ドナルド・エヴァンズというもので
す。このような人がいるのを知ったのは、次の本によってです。
- 作者: 平出隆
- 出版社/メーカー: 作品社
- 発売日: 2001/04
- メディア: 単行本
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ずっと読まれることもなしで、これまで眠っていました。それが、突然に呼び出された
感じです。
平出さんは、あとがきで次のように記しています。
「ドナルド・エヴァンズは1945年にアメリカのニュージャージー州に生れ、1977年に
オランダのアムステルダムで死んだ画家です。この画家の作品はすべて郵便にかかわる
ものでした。彼は現実の切手とよく似た切手とよく似た切手を描いたのです。それらは
蒐集用の黒いストックシートに並べられ、あるいは、葉書や封筒に貼られて作品化され
ました。」
架空の国が発行した架空の切手を作品として制作して、42年に亡くなった画家に、
どうしてチャトウィンさんは惹かれたのでありましょう。この「どうして僕はこんな
ところに」に収録されている「ドナルド・エヴァンズ」という文章は、ウィリー・
アイゼンハートという人の著作「ドナルド・エヴァンズの世界」の紹介文となって
います。
このチャトウィンさんの文章の最後のくだりです。
「六〇年代ドロップアウト世代の美術といえば、支離滅裂な駄作と相場が決まっている
が、ドナルド・エヴァンズノ作品はその対極にある。かといって、こせこせしたところ
も、堅苦しい気取りもない。それでいて、あの時代の最高の夢を、あれほど簡潔に、
美しく表現しえた芸術家を、私はほかに知らない。戦争と機械文明からの逃走、禁欲
主義、絶え間ない放浪、官能的な理想郷への憧れ、私的な妄想への引きこもり、大きく
騒がしいものから小さく静かなものへの移行。」
ここに書かれているドナルド・エヴァンズさんは、チャトウィンさんと似ているよう
にも思います。その突然の亡くなり方までもであります。