わが点鬼簿 2

 岩田宏さんの「いただきまする」であります。
「同志たち、ごはんですよ」とよびかけたのは、ロシアの貨物船のウェイトレスさん
でありましたが、「いただきまする」といったのは、夢のなかにでてきた人であります。
 岩田さんが詩の雑誌が「特集 天皇」のアンケートの一部として、「あなたにとって
天皇とは何か」という質問があったことをとらえての文章のなかです。
「もしも私が雑誌の編集者だったら、例えばこんな質問でも発したいところである。
『あなたは天皇の夢をみたことがありますか。あるとすれば、どんな夢でしたか』
ここでいう夢とはもちろん睡眠中に見る夢のことで、単なる『夢想』とか文学作品に
結晶した想像力とかいうことではない。天皇あるいは皇族に関する夢は私たち普通の
人間はそうたびたび見るわけではないから、そのような夢の体験者は目醒めてから
たいてい人に話して聞かせるものである。私が聞いた話を一つ二つご披露しよう。」
 岩田さんは、「天皇あるいは皇族の夢というものはついぞ見たことがない。」と
書いています。当方もそうでありますね。
 皇族がでてくる夢を見て、その話をしたのは、岩田さんの兄であるとのことです。
「私の兄が終戦直後に見た夢。復員した途端に軍国主義者から民主主義者に変身し、
組合運動に精を出していた兄は、ある朝ぼんやりした顔で起きてきた。『いやあ、
だれだがはっきりしないんだが宮様と一緒にスイトンを食ったんだ。俺たちは我勝ち
にがつがつ食い始めるだろう。ところが宮様はさすがに上品で落ち着いているんだ
なあ。飯台に向かってゆっくり座って、おもむろに箸をとって、一楫して、それから
何と言ったと思う。『いただきまする』って言ったんだ。さすがだよ』それから暫く
の間わが家ではこの『いただきまする』という言葉が流行したのだった。」
 このように引用しますと、いかにも岩田さんのご家族は皇族に親しいものを感じて
いるようでありますが、この文章「既往の推移を深く省み」という文章の結語は、
その真逆であります。