鉄筆文庫 4

 辺見庸さんの著作にはほとんど縁がありませんでした。これまで数冊を手にしただ
けでありましょう。その一冊は、辺見さんの原作が映画化されたことによって関心を
もったものであります。最近は新聞などに寄稿された文章を眼にすることがありまし
たが、時流に迎合しない文章には、一定のファンがいるのでしょう。
 鉄筆文庫社主が「魂に背く出版はしない」という社是をたてたときに、これにふさ
わしい著者を確保するのは、たいへんであります。
 辺見さんの「反逆する風景」の鉄筆文庫版には、ごく最近に書かれた辺見さんの
文章が収録されているのですが、どんどんとラジカルになっていくようです。
 2014年9月27日と日付の入った「遺書」という文章からの引用です。
「それでは、だれが社会と歴史の主体になったのだろうか。だれが勝ったのか。だれ
が、負けたのか。それは、にべも誇張もなくいえば、カネと暴力である。いずれも人間
がみずからつくりだした倒錯の産物である。価値の運動体といえばいかにも聞こえは
よいが、無限に自己増殖するいがいにはなんの能もない資本が、社会の無価値な主体と
なり、人間とその労働ひいいてはことばもまた、たんに資本の自己増殖の手段となって
しまった。ひとはだれかが不当に儲けるか不当にくるしめられるためにしか存在しえ
なくなり、人間の物象化され、収奪と商品化のターゲットになっている。あくことのな
い利潤の追求は貧者をどこまでもおいつめ、弱者を合法的に死にいたらしめている。」
 昨日に、「遺書の最後には九つからなる埒のないおもい」と記して、そのうちの
二つを紹介しましたが、この九つのうちの、一番最初におかれているのは、つぎのもの
であります。
「現自民党政権はかならず、ひとびとにかってない災厄をもたらす。」

反逆する風景 (鉄筆文庫)

反逆する風景 (鉄筆文庫)

 アベノミックスの恩恵をほとんど受けているという実感はなく、極右的なイメージの
面々がえらそうにしているのをみると、こりゃまた戦争でひどいめにあわなくてはだめ
なのかと思ってしまいます。
 しかしそれだけはかんべんでありまして、こりゃ選挙で結果を求めるしかありません
ですね。