最近買った文庫本 3

 市内の生協のお店がテナントではいっているところに、本屋さんがあって、そこには
岩波文庫は入荷しないのですが、ちくま文庫や中公文庫がはいるほか、なんと講談社
文芸文庫も新刊がはいってきます。こういう本屋さんで文芸文庫の新刊を見ますと、
思わず私が買わないで誰が買うかという気持ちになってしまいます。
 ということで購入したのは、次のものでした。

 講談社文芸文庫では、定番となるタイトル10巻をスタンダードと銘打って、復刊しま
した。この10巻のうち、たまたま本屋でみかけた一冊であります。
 小山清さんに関心を持つのは、ひとつは戦後間もなく北海道の夕張で炭坑員をしてい
たということにあり、もう一つは川崎彰彦さんの詩と文章に引用されているからであり
ます。
 まずは川崎彰彦さんの詩「合図」の全行です。(編集工房ノア刊「合図」所収)
  合図
  密雲に青き眸あり
  ウィンクせり 
  お前も生きていけ
  できれば陽気に と 
 詩集の巻頭におかれた四行よりなる詩であります。
 これについては、この詩集のあとがきに次のようにありです。
「救急病院のベッドでぼくは精神的に打ちひしがれて横たわっていた。そんなとき心に
浮かんできた詩のごときものを付き添ってくれていた友人に口述して書きとめてもらっ
た。
ぼくには詩が残されている、この思いが一筋の光明となって、ぼくを生かしてくれた。
『合図』の『お前も生きていけ』というのは小山清の読者なら先刻お気づきだろうが、
『落穂ひろい』という至純の短編のなかで、売れない小説家の主人公が野道を散歩する
と道端の野菊が、『お前も生きていけ』と囁きかけてくれる、という一節に基づいてい
る。」
 小山さんが「落穂ひろい」という作品を発表したのは41歳の時でありましたが、その
後47歳で「脳血栓失語症」となり、53歳で亡くなるであります。
川崎さんは、こうした小山さんに、自らに重なるものを見いだしたのでありましょう。
 小山清さんの「落穂ひろい」のエピソードは、川上さんがとりあげなければ、当方は
あっさりととおり過ぎてしまいそうであります。このくだりのところだけを引用です。
「僕はいま武蔵野市の片隅に住んでいる。僕の一日なんておよそ所在のないものである。
本を読んだり散歩をしたりしているうちに、日が暮れてしまう。それでも散歩の途中で、
野菊の咲いているのを見かけたりすると、ほっとして重荷の下りたような気持ちになる。
その可憐な風情が僕に、『お前も生きて行け。』と囁いてくれるのである。」