馬淵美意子のすべて 3

 詩人 馬淵美意子さんについては、菅野昭正さんが「詩の現在」という批評集でとり
あげていました。今回、この本を参考にしようと思ってさがして見たのですが、すぐに
は見つからずでありました。
 そのうち、どこかからでてきたら紹介をすることにしましょう。一緒に「馬淵美意子
詩集」もでてきそうです。
 昨日に引用したのは巻頭におかれたものですが、これは詩作品ではないようです。
 馬淵さんの代表的な作品は、どれであるのかもわかっていないのですが、ネットで
紹介されているのを見ますと、「つりがね草」という作品があがっていました。
http://omattiwan.exblog.jp/3899079
 馬淵美意子さんは、最初の詩作品について、詩集のあとがきで、次のように書いて
いると、草野心平さんが紹介しています。
「たぶん、昭和十二年か十四年ごろだったかも知れません。絵をやめたうさ晴らしに
随筆でも書いたらとすすめられ、その随筆をいぢくりまわしているうち、不用と思われ
る箇所を消していったら、へんに短いものがあとに残り、それは詩ぢゃないかと言はれ
るやうなことになりました。・・・
『龍舌蘭の春の芽』は、不用な部分を削り去って残った最初の詩です。」
 この最初の作品は、「詩集」の最後におかれていますので、まずはこれを見てみま
しょう。

   龍舌蘭の春の芽
 風雨の手垢の 一抹の悔恨をさへ知らぬげに清潔な淡緑のうちに すでに
 有色人種の色素の沈殿をはらんで燻るきめこまやかな皮膚が 驚くばかり
 多肉な葉身にあふれる生活力の奔騰を そのすばらしい弾力でひきしめ立
 つ姿は おそらく どの亜熱帯の処女の太ももにだって その瑞々しさに
 おいて劣るといふことはなさそうだ。
 
 充満し ひしめきあひ雪崩れ落ちる四月の陽を この初々しく艶やかで
  そのくせ 見るもたくましい全裸のはだへにがっしと受けとめ吸ひとり
 放射する。
 
 かくも愛しい面影が あたくしは何かかう 思ふも遠い太古の そのま
 た太古の遠さにおいてすら かって人類と血縁をもったと証明する誰も
 ないのを 真昼の恍惚のなかでさびしむ。


 ほとんど当方の祖母にあたる世代の女性が、戦前に、このような詩作品を
作っていることに正直驚いてしまいます。