遠方より届く 5

 どういうわけか、その昔に「石神井書林」の古書目録を送っていただいた時期があり
ました。当方は詩書には明るくなかったので、たぶんまったく注文をすることもなしで、
そのうち、石神井書林の目録を手にすることはなくなっていました。
 ひょっとすると亡父が「日本古書通信」を購読していた時期があって、それの関係で
あったのかもしれません。今からでありますと、ずいぶん昔の話でありまして、そんな
こともありまして、石神井書林店主は、当方よりもずっと年長の方と思っておりました。
 当方が目録を手にしていた頃の、店主はいったいおいくつくらいであったのでしょう。
 亡父が「日本古書通信」を購読することになったのはすねかじりであった息子たちが、
なんとか就職して、すこし余裕ができたからでありましょう。それまで欲しいと思って
いた古書を入手するためでありました。
 それは亡父が尊敬する土屋文明先生の歌集が主でありました。(そういえば、当方が
新婚旅行で訪れた神戸で古本屋に立ち寄り土屋文明先生の歌集を買って、それを亡父
への土産にしたのですが、あの店はいまはない黒木書店でした。たしか「山下水」の
はずですが、いくらで購入したのか忘れてしまいました。)
 そう思って「古本の時間」を見ましたら、次のくだりがありです。
「この二十年ほどですっかり人気がなくなったのが戦前のアララギ系だ。斎藤茂吉
島木赤彦、中村憲吉、古泉千樫、土屋文明、こうした歌人たちの歌集を一生懸命蒐めた
世代が蔵書を整理する頃になって、しかしそれをなお欲する次の読者がいない。全歌集
や全集が整備されたから読む文には事足りるのだが、そのオリジナルの歌集を書架に
持っておきたいという読者はとても少ないのだ。」
 斎藤茂吉から土屋文明にいたる歌人の本は、亡父の書架の一番よいところにおかれて
いました。なかでも土屋文明先生のものは、オリジナルの歌集をそろえることを願って
いたようで、最後の一冊となったものを確保し、喜んでいたことを思いだします。
 当方が蒐集してきた本たちも、とうてい次の世代の読者を得ることはできそうもあり
ませんですね。処分するのであれば、当方が元気なうちにでありますか。