中公文庫 40周年 5

 昨日に話題にした林達夫「歴史の暮方」は、戦時下において発表された文章が
まとめられているのですが、なんといっても「警官の前で、戦争絶対反対!と叫んで
その場で検束されてしまう」という時代に書かれたものですから、文章作成術の
限りを尽くしています。
 そのせいか、これに収録の文章からは岩波文庫林達夫評論集」にも「鶏を飼う」
ほか5本がとられています。これの編者は中川久定さんでありますが、岩波文庫
解説では、「レトリック・イン・アクション」ということで一章をさいて、この
時代の林達夫の戦術について言及しています。
 この解説のところをすこし引用してみます。
「『閉じた社会』のこわばりが進行してしまっていることに気づいた時、そしてまた
それにもかかわらずその社会から隠退することも、そこで討ち死にすることも共に
欲しない場合、批評家はどうすべきだろうか。その時彼は、戦術を(かっての林風
に表現すれば、『ポリティーク』を、現在の林風にいえば『レトリック』を)工夫
せざるをえない。」
 この時代は、いまだ発言の自由はあるのですが、「閉じた社会のこわばり」が
進行というのはいえるような気がします。
「日本を取り戻す」というキャッチフレーズが、人々の心をつかんでいるわけでは
ないでしょうが、この場合の「日本」というのは、どのような日本のことをいうので
ありましょうか。
 林達夫「鶏を飼う」からも引用をしてみましょう。
「二十羽の鶏をかかえて、私がついに日本の運命のことを考えるに至ったとは、これ
ほど滑稽きわまる図はないであろう。・・・・・
 私は諸君にお知らせするが、日刊新聞や何々情報や何々公論などという気の抜けた
印刷物に目を通すひまがあるなら、名もない産業団体の機関誌でも読むほうが、日本
の現実についてよほど深い認識が得られる。」
 これが発表されたのは1940(昭和15)年「思想」三月号のことです。
 そういえば、一連の原発事故についての報道で日本の日刊新聞をみても、なにも
本当のことはわからないといわれたことを思い出しました。時代はかわれどもであ
あります。