中公文庫 40周年 4

 中公文庫の最新目録から消えてしまった林達夫著作についてであります。
 二冊目は「歴史の暮方」となります。

歴史の暮方 (中公文庫)

歴史の暮方 (中公文庫)

 「歴史の暮方」の元版は、1946年に筑摩書房からでたものですが、これを再編集して
「新編 歴史の暮方」としたものが1968年に筑摩叢書の一冊となって刊行されました。
68年には、林達夫さんは知る人ぞ知るという存在でありまして、当方はこの時点では
まったく承知しておりませんでした。
 中公文庫版の「歴史の暮方」あとがきには、次のようにあります。
「つまり、言ってみれば、この二つ(「共産主義的人間」と「歴史の暮方」)は戦前と
戦後との違いこそあれ、わたしにとって事甚だ重大と思われた現代史の二つの時期に
わたしが集中的に書いた、『流れに抗して』の文章の収録であり、その殆んどすべてに
は消すことのできない年代的な烙印が押されているのだ。それはいわば政治嫌いのやむ
をえざる政治論であり、平穏に生きることを何よりも念願とした片隅の生活者が余儀な
くも居直ってno-manに変身してあげた、心ならずもの声である。よくよくのことがなけ
れば、こんな文章をわたくしは書かなかったにちがいない。それだけに忘れ難くもあり、
いまでは内心愛着さえあることを言っておこう。」
 書かれた時代としては「歴史の暮方」に収録のもののほうが古く、「反語的精神」と
いう最後におかれた文章のみが戦後にかかれたものとなります。
この文庫カバーには、次の文が記されています。
「本書の大部分は、1940年から42年にかけて書かれた。太平洋戦争前夜から日本の戦勝
が喧伝されるに至る間の狂濤の時流のなかで、歴史家として、思索家として、かつ人間
精神の批評家として、みずからの精神の自由を確保する園をたがやしつつ、冴えた眼で
思想と人間のかかわりあう現場を精査し、声低く語りつづけたことばは、今日、あらた
めて深い重いひびきをもつ。」
 どなたが書いたものであるのかと思いますが、この宣伝文を読むかぎりでは、それこ
そ、この時代にこそ読まれるべきではないかと思ってしまいます。
メディアに露出することによって人気を集め、目立ってなんぼの人が多すぎではないか
であります。
 この「歴史の暮方」に収録されている文章では、「鶏を飼う」というようなものに、
よくもまああの時代にここまで書くことができたものと驚いたのですが、その舞台裏
について、「反語的精神」で次のように書いています。
「私はわが国の思想家や知識人があの困難な反動期において少しも思想闘争上の戦略
戦術について真剣に考慮をめぐらし工夫を致すことのないのが、実に不思議でならな
かった。彼等はソクラテスデカルトがこの際範とするに足る稀に見る深い思想謀略
家であったということに心づいてさえいないように思われた。思想闘争は猪突や直進の
一本調子の攻撃に終始するものではない。また終始してはならない。そんなことでは、
それは警官の前で、戦争絶対反対!と叫んでその場で検束されてしまう、あのふざけ
者のダダイストと、結果的にはいっこう変わりがなく、道行く群衆はただ冷然とそれを
見送るだけのことだ。もちろんそのような英雄主義を、わたしはいちがいに貶そうと
するものではない。ただそれは私の好みではなく、また思想闘争には個性の数だけ
戦法があるというだけのことである。」
 本当に庄司薫がいうところの「人生という兵学校を生き抜くための貴重な虎の巻」
でありまして、たしかに中古本としてはただ同然で入手することが可能かもしれま
せんが、岩波文庫とか平凡社ライブラリーで入手可能だから良いということでは
ないと思うのでありますが。