山の子供 6

 畔柳二美さんの「山の子供 一」は、山の発電所での子供達の生活が描かれているの
ですが、カタカナで「テイさん」と表記される朝鮮からの雑役夫が重要な登場人物に
なっています。
 子供たちは、この「テイさん」がどうしてここにいるのかわからないのでありますが、
社宅の雑役仕事をしているのでした。もちろん、発電所所員ではありませんので、かな
り下に見られていたのです。子供たちには、これが不思議でならないのですが、「朝鮮
人」とは仲良くしなくてはと建前でいう一方で、「渡りの朝鮮人」と仲良くしてはいけ
ないと本音を口にしたりします。
 作者が山の発電所で暮らした大正初期に、こうした朝鮮からの人が働いていたのか
どうかはわからないのですが、この「テイさん」と発電所を視察のために訪れた宮様
ご兄弟が対照的に描かれています。
 作品が書かれた時代の作者の意識が、よりこの「テイさん」に投影されているのかも
しれません。
 この作品が刊行されたのは1956年でありますが、当方がこの作品の舞台となった千歳
川の第一発電所で暮らしたのは、その6年ほどたってのことでした。ここで出会った
同級生は、まさに山の子供というにふさわしい自然とのつきあい方をしている人がいて、
驚いたものです。この同級生には、山歩きや魚釣り、そしてウサギを捕らえるわなつく
りなどを教えてもらうことになりました。学校に出てくる前に、うさぎを捕らえるしか
けのわなの見回りを日課にしている中学生が、そこにはいました。もちろん、彼は
例外的な存在ではあったのですが、「山の子供」というのを読んで思いだすのは、
発電所の社員の息子であった彼のことです。
 彼はその後、学校をでてから親と同じ会社につとめることになりますが、かっての
財閥系の会社では、親と同じところに勤めるというのは珍しいことではありません
でした。
 たぶん、この発電所に住んだ短い期間に、親の代から発電所に勤めている二代目の
社員さんから、「畔柳二美」さんという作家がいて、その方は発電所の学校で自分は
一緒であったというような話を聞かされた記憶があります。
 その時は、すでに「姉妹」が映画化されて話題となっていたのですが、この映画の
ことが自宅でも話題になるようなことはなかったように思います。
 当方にとって畔柳二美さんとの地縁というのは、当方が「風の又三郎」のような
生活をしていた時に、畔柳さんが生まれ育ったところで短期間暮らしたことによって
生まれました。