真夏の球宴 3

 都市対抗野球の決勝戦は、東京と横浜の対決でどちらのチームも応援の人が
たくさん来ていましたので、東京ドームの上のほうの席をのぞくといっぱいに
なっていました。実業団の試合でもこんなに人がはいるのかと思ったと同時に、
このなかにも、応援団の動員でいやいやときている人がいるのではないかと、
あまり楽しくない気分で客席にすわって野球を見ている人のことを想像してし
まいました。
 そう思ったときに、あまり楽しくない気分で野球を見物している場面のある
小説のことを思いだしました。それは山川方夫さんの「昼の花火」という作品
でありますが、これは文庫になっていたのではと思って近くにある集英社文庫
見てみましたが、これには収録されていませんでした。文庫は旺文社のもので
あったのかもしれませんが、これはすぐに確認できません。
 古い冬樹社版を手にしてみましたが、この書き出しは、次のようにありました。
「野球場の暗い階段を上りきると、別世界のような明るい大きなグランドが、
目の前にひらけた。
 氾濫する白いシャツの群れが、目に痛い。すでに観客は、内野スタンドの八分
を埋めてしまっている。・・・
 並んで坐ると、すぐに女は訊いた。
『これ、まだ練習なの?』
『うん、まだ練習なの』
 ・・
『ねえ、練習に手をたたいちゃ、へん?』
 女は、野球をしらないのだ。
 大きく彼は空気を吸った。日に焙られて、頬が熱い。
『ううん、たたいたって、いいの』
だが、女は拍手を止めた。」
 「昼の花火」と題された小説ですので、季節は盛夏と思いこんでおりました
が、これは初夏とあって、その時期に開催される大学野球を見物にいっているの
でありました。
 十九歳の男性と四歳上の女性が大学野球を見にきて、そのスタンドで女性から
別れ話が切り出されるのでありますが、この会話も盛り上がらないことおびただ
しであります。この小説のほとんどを忘れてしまっているというのに、この
「練習に手をたたいちゃ、へん?」というせりふだけが頭に残っていて、この
作品の印象は、これできまりです。
 たくさん見物にきているなかには、いろんな状況で客席にすわっている人も
いるのだなと思うことです。