小沢信男著作 192

 有光書房 坂本篤さんについての小沢信男さんの文章の続きです。
「思えば国と争うのも祖父ゆずり。坂本篤の生涯の自負が、ここらにあったのでしょう。
好きな江戸文化の継承のためならば、押収も発禁もなんのその。儲けるときは笑いが
とまらぬほど儲けて、とことん遊びまくったのでした。・・
 ともあれ、戦前は『誹風末摘花』は発禁のワイド本だった。これも戦後に最高裁まで
争い勝訴して、以来自由になったのだそうで。その仔細は知らないが、いまや岡田甫校閲
の有光書房版が『定本』となり、坂本篤は初志を貫徹して、天下に貢献したのでした。
 こうして世の中はひらけてゆく。戦前はなんと窮屈で陰湿な時代か。そんな教育勅語
なご時世に、あえて艶本を出しつづけたド根性と、その壮絶さへ畏敬をおぼえます。
 ところが、ご本人によれば、戦前のほうが、意外やむしろ呑気だった。・・
 その点むしろ戦後の警察や検察のほうが、点取り主義で執念深いのだと。」
 戦前から戦後にかけてずっと警察と争ってきた人の見解でありますので、説得力がある
ことです。最近には、検察特捜部というのがでっちあげのような事件を起こして、問題
になりましたが、「点取り主義」というのは、「出世主義」といいかえても、あたらずと
も遠からずでありましょう。そういえば、警察も検察もどちらも役人の世界でありまし
て、この組織の上層部には、こどものころからの点取り合戦を勝ち抜いてきた人たちが
いるのでありましょう。
 小沢さんが与するのは、点取り主義者ではなく、坂本さんのような人であることは、
いうまでもありません。
「具眼の士、ないしは底抜けの物好きが、ついそこらの市井にいて、生涯かけて好きな本
つくりの夢を追いつづけていた。という事実は、こっちのこころまで明るくします。
愚にもつかぬ世の中が、けっこうまんざらでないようにも見えてきて。」