小沢信男著作 169

 小沢信男さん「あの人と歩く東京」あとがきの続きです。
「同行二人の文学散歩が、本書を貫く方法」と昨日に記したところにはありましたが、
表にでてくるのは、荷風をはじめとする作家たちですが、裏に隠れているのは、小沢
さんの御父上ですね。
「ちなみに市中の名所旧跡なるところへ、私は少年時からあらかた訪ねていて、それは
小学校の遠足でなければ父に連れられてでした。本書を書くべく行く先々に、その記憶
待ち伏せしているもので、改めてあきれかえりました。父は大正からの交通労働者で、
東京の地理に明るかったのは当然だけど、晩年も脚が丈夫なうちは足早に馬鹿みたいに
歩いていて、昭和の終わりと同時に九十一歳で身罷りました。私の散歩癖がかなり馬鹿
みたいだとしても、これも遺伝ならばしかたがなくて。『あの人』の一人はどうやら
亡父なのでした。」
 この本のなかに小沢さんの御父上の姿を探して読むというのもありのようです。
「父は大正からの交通労働者」とありますが、これはすこし謙遜がすぎるようでありま
して、もとはそうですが、後年は大きなハイヤー会社の経営陣の一人でした。

「本書は、明治このかた三代をすぎて平成となった東京の今の記録のつもりです。断固と
いてそのつもりなのだけれど。それにしては右のように著者自身の些細な回想などが混入
しすぎるかもしれず。いっそ私小説まじりの記録であろうか。そのうえ時評やら風評やら
書評やら解説やら俳句やらなにらかにやら、いろんな要素がまじっていて、おじやと
いおうか、パエジャとでもいおうか、そんなたぐいのこれも一個の料理ではないのかな。
 諸誌に書いた文章を、このように盛り合わせるにあたって、鋭意推敲を試みました。
末尾のほんの掌編だけが創作なのではなくて、これはこういう一冊の作品なのだ、と
受け取っていただければ幸甚です。」
 このあとがきを目にしますと、これは相当に自信作であったということがわかります。
街歩き、犯罪ものなど小沢さんの芸の見本帳でありまして、バラエティブックなんです
よね。