小沢信男著作 118

 小沢信男さんの「東京百景」には、「私の赤マント」のほか5つの短編小説が収録さ
れています。そのうち「抜けて涼しき」は、自らの身辺に題材をとった作品であります。
私(わたくし)小説のようにも読めますが、「私」という言葉はでてきません。
「その頃こっちも、下顎に数本、上顎にはわずか一本の歯をのこして、上下とも殆ど
総入歯の大きなものを作ったのだ。まだ四十代の後半だった。
 それまで数年は、つぎつぎにぐらついてくる歯の痛み、というより歯茎の痛みに
苦しんだ。披露がすぐに歯茎にきた。
 徹夜が続くと覿面だった。と判っていながら、徹夜しなければならない事態は毎月
やってきた。
 そのころ、というのは四十代の前半のころ、赤字つづきの文学団体の事務局長をして
いた。毎月発行の文学雑誌を中心とする、一応は革新的なはずの文学運動体で、会員
四百人を擁する、まがりなりにも全国組織だ。大いなる事業目標と、埃のごときこま
ごました日常事務が同時にあり、そして事務局長というのは、この団体を人格的に代表
するところの存在なのだった。
 どうしてそんな”重責”についてしまったのかというと、語れば長い長いことになる
ので、とにかくついてしまったのだから仕方がない。人生には、こういうことがあるも
のだと覚悟するよりない。」
 この小説仕立ての作品には、この「上顎にあるわずか一本の歯」が抜けるにいたる
日々のことが記されています。
「上顎にただ一本残っていた、入歯ひっかけ用の歯が、とうとう抜けてしまった。
 この日、友人Qの一周忌が、四谷見附の教会であった。日本語の訛っている外人神父の
説教を聞いて、会堂の外にでると、・・」
 この一周忌のあとに、ホテルにうつっての会食の時に、歯が抜けることとなったわけ
です。友人Qさんとは、「半白の髪をふりたてふりたて、この人達ともあの大声で談論
風発していたのだな、大柄だし血色もいいし、・・ふしぎな陽気な持ち主だった。
 その陽気が、一年前に、突如として立ち去った。享年52歳だった。」
 友人Qさんというのは、小野二郎さんのことでありますね。