小沢信男著作 110

 河出書房版「東京百景」の書影をかかげてみます。装幀は、もちろん田村義也さんと
なります。


 田村義也さんの「のの字ものがたり」から「東京百景」についてのくだりを引用しま
す。
小沢信男『東京百景』(1989年6月刊・河出書房新社)。編集者、福島紀幸氏。
小沢さんの本の装丁を、こんどは河出の福島君が、依頼しにきてくれた。小沢さんの東京
随想は、私とほぼ同時代だということもあってか、共感するところが多く、楽しい凝った
読みものなのである。もっとも小沢さんは、銀座だか新橋だかの生まれ育ちであるから、
幼少期を青山あたりで過ごした私とは対抗関係にあるのかもしれないが・。
 ついひと月前の八月中旬に、石川県金沢郊外の有名な造り酒屋を訪問したら、その社長
さんが、私の顔をみながら、『じつは私は、生まれも育ちも東京の河向こうの下町なん
で、だから、山の手の人は嫌い。』と、のっけから切り込まれてしまい、不意をつかれた
ことがある。」
 田村義也さんは1923年の生まれですから、小沢さんよりも4歳年長となります。ほぼ
同時代といってもいいのでしょう。東京の山の手と下町をどこで線引きするのかですが、
河むこうは、間違いなく下町でありますね。
「小沢さんの本の装丁には、前々から考えていた『新選東京名所図絵』の山本松谷氏の絵
を、とうとうつかわせてもらった。
 山本さんは、明治から大正初期にかけて、約480号も刊行されたわが国最初のグラフ雑
誌『風俗画報』の主力を担った土佐出身の画家である。・・・・
 山本さんは、明治・大正の東京の市井の風俗をいきいきと伝える大きな仕事を残された
方であった。山本さんの風俗画が伝える全体的な雰囲気もさることながら、絵の細部を
みていくと興味津々として見あきない。ただその濃密な画面には強い個性があって、
めったな本には装画としては適合してくれないのだが、小沢さんの本にはぴったりだと
思った。」
 田村義也さんの装丁は、作者がどなたであっても田村義也の本という存在感がありま
す。作者の影が薄くなりますから、書いたものに存在感がなくては、田村ワールドに埋没
してしまいます。この本の装丁にあたっては、原画をカバーの寸法にあわせるために、
「かなり強引に、細かく詰めさせていただいた」とあります。
「『東京百景』ができあがって、小沢さんと編集者・福島君と、ささやかな三人の出版
記念会をもった。夕刻、浅草雷門で落ちあい、小沢さんの案内で、天井板がなく、屋根裏
までつつぬけで木組みが見えて、まるで舞台装置のような不思議な酒場や、おいしい鰻屋
などにつれていってもらい、メートルをあげたのであった。」
 小沢さんの東京物には、田村さんの装丁が一番似合います。