小沢信男著作 48

 小沢信男さんが紹介する映画「女生きてます 盛り場渡り鳥」の冒頭部分からの引用
です。(初出は「映画芸術」73年2月号)
「新宿の雑踏のなかを、ひとりの若い女のコが元気よく突っ切ってゆく。それにかぶせて
タイトル『女生きてます 盛り場渡り鳥』(監督 森崎東 )
 ハハァ、てなもんだ。正直で親切な開幕である。映画はやはりこうこなくちゃ。
カツドウ写真のなつかしさ。
 以下エンドマークまで一時間半、この吉永小百合のイトコみたいな女のコ
(川崎あかね)は、画面のなかでテもあざやかに”生きて”みせるのだ。あざやかすぎて
ついシラけるほどに。とはいえ私はやはり恍惚とした。看板にイツワリなしの堂々興業。
イイと思うよ。
 これは<喜劇>だそうだが、結論的にいうと<当世人情噺>ですな。」
 今から40年近く前に書かれた文章ですが、文体というかリズムは、最近のものに近い
ように思います。カタカナでの表記は、ワープロを使うようになってからは、こんなに
使わなくなっているかもしれません。「ハハァ」にもみられる小さな「ァ」は、小沢さん
が愛用する表記です。
 引用を続けます、この文章の結論部分です。
「観終わってそとにでて、盛り場を歩きながらかんがえた。古典落語の人情噺が、時代の
風俗をえがいて、それに限定されつつそのなかでこうも生きたいという民衆のユメ、乃至
は理想を語ったものならば、この映画もまさしくその伝統を踏むものではあるまいか。
そういえば、かの寅さんの『男はつらいよ』もおなじ人情噺の世界だが、やはり女のほう
が、本篇の原作の題名にいうごとく『わが国おんな三割安』の非抑圧階級だけに、それだ
けこっちのほうがスゴミがあるなァ。ゲヒンなところがケッコウだった。ただしあの
ヒロインは、育ちがよくてジョウヒンにみえた。やっぱり映画のヒロインだもんなあ。」
 森崎東さんの「女生きてます」シリーズは、VTRにもなっていないようで、簡単に
見ることはできていませんが、これはB級映画の傑作です。この映画からまもなく、
森繁は舞台へ活動の場を移してしまい、喜劇からは離れてしまうのですから、喜劇人
森繁を見るほとんど最後の作品ではないでしょうか。
 小沢信男さんが、この文章を書いたときに、この森崎監督が野呂重雄の小説を映画化
することになるとは神も知らないことでした。