小沢信男著作 20

 小沢信男さんは、「小説昭和十一年」を執筆しながら、書かれた昭和43年と昭和11年
二重写しになったとありますが、1968年(昭和43年)は、最近では本が書かれて時代
の転換点となっています。昭和十一年というのは、どうでしょう。「小説昭和十一年」
の巻末におかれている年表には、次のような出来事がありました。
 昭和11(1936)年
   1月15日    日本 ロンドン軍縮会議に脱退を通   
   2月16日    スペイン総選挙 人民戦線勝利
   2月26日〜29日 二・二六事件
   3月7日     ドイツ、ラインランドへ進駐
   4月1日     石油大手六社の連合会社設立、カルテル強化
   5月3日     フランス総選挙 人民戦線派の勝利
   5月8日     第一師団 満州へ出征
   5月18日    阿部定事件おきる
   8月1日     ベルリンオリンピック開会
   8月19日    ソ連トロツキー派の裁判開始

 なるほど昭和11年というのは、ずいぶんといろいろありです。
スペインとフランスでは人民戦線が権力を握って、それ以降抵抗勢力との内戦状態と
なるのでありました。ソビエトでもスターリンによる反対派の弾圧であります。
 そうしたなかで、「前畑がんばれ」で有名になったベルリンでのオリンピックが
あったのですが、もちろんこれはヒットラーによる国威発揚の一大イベントでありまし
た。
「民族の祭典」という記録映画が残されていますが、これは良くも悪くもオリンピック
映画の古典といわれています。
 こうした中に「阿部定事件」というのを配しますと、それがあまりにもノンポリなの
に驚くのでありました。
「 5月18日、晴。
  荒川区の尾久三業地の待合『まさき』に、中年男と三十年増の同伴客が数日前から
 泊まりこんでいた。この朝、女はちょっと買物にといって出たきり姿を消した。
  いつまでも男客の起きる気配がないので、午後三時ころ女中が部屋をのぞくと、
 男は布団のなかで殺されていたのである。・・
  男は中野区新井町の料理屋の主人石田吉蔵(四十二歳)、女は同家の元女中の
 阿部定(三十一歳)。この女が下手人である。女は現場に証拠のサインをみずから
 のこした。」
 小沢信男さんは、「犯罪紳士録」において、他の紳士たちの倍ほどのスペースを
使って「阿部定」さんについて記していますが、その結語は次のとおりです。
「 彼女がこれほど人心にアピールするのは、あの軍国主義的統制へなだれこむ時流
 のなかで、また女を玩物扱いしてあやしまぬ世風のなかから、愛の逸脱を敢行した
 ことのスリリングな魅力だろう。近年また再評価や新しいイメージの付与がさかん
 なのは、管理社会化の時流と無縁ではないだろう。」
       
 以前になにかの雑誌の特集グラビアで、書架の写真が掲載されているものがあり、
そこに「小説昭和十一年」がならんでおりました。そんなに有名でない本がどうして
ここにと思ったのですが、それを小沢さんにご注進いたしましたら、あの書架の主は
スペイン戦争についての本を集めている人で、その時代への関心から、日本の著作と
して「小説昭和十一年」が並べられているとのお答えがかえってきたことがありまし
た。(あれは、どなたの書架だったのでありましょう。)