小沢信男著作 2

 小沢信男さんの二冊目の著書は、がらっとかわってのものです。ブックカバーにあ
る売り文句には、次のようにあります。
「わが忘れなば」をはじめとして、むしろ硬質の文学の世界で独自の活躍をしている
小沢信男が、マスコミ記事としてのはなやかな登場に反比例して、うちすてられ忘れ
られてゆく風俗犯罪を追って、そのかげでうごめく人間模様のさまざまを現代への挑
戦者として再現した、いわば現代の華麗なドラマだ。」
 この売り文句にある「現代の華麗なドラマだ」というのは、売り文句としてはあり
でしょうが、この本の内容としては違和感ありです。

 ドキュメント「犯罪の主役たち」 三一書房 68年9月20日刊 290円
バー絵は小島武
 この本の小沢さんの前書きには、次のようにあります。
「犯罪をおかした者もおかされた者も、ともに時代の犠牲者である、と。人間はほん
らい、いつの時代でもどんな社会でも、向日性のエネルギーをもってたくましく生き
たい動物でありましょう。それがそうにならなかった、ということは時代の矛盾の
端的な体現にほかなりません。矛盾は弱い部分から、ないし強すぎる部分から破れる。
その弱さも強さもわれわれ自身のなかに内包するものである。それがある機会に表面
に露出する。それが犯罪だ。その意味で、本書は、風俗生活面からみた現代日本民衆
のひとつの記録、のつもりでもあるのです。」

 この本には、七編のドキュメントが収録されていますが、事件が起こった当時は
ずいぶんと話題になったものも、最近ではほとんど忘れられているように思います。
「 収録の七編はすべて徳間書店発行の大衆雑誌『タウン』および『アサヒ芸能・
問題小説特集』に掲載したものです。」
 ・ 女子高生誘拐事件  (「タウン」67年5月号 )
 ・ フーテン・マコの短い華麗な生涯 (「タウン」67年7月号 ) 
 ・ 保険金殺人事件 (「アサヒ芸能・問題小説特集」67年12月号 )
 ・ 神田錦町心中 ( 「アサヒ芸能・問題小説特集」68年3月号 )
 ・ 混血少年の連続殺人 (「アサヒ芸能・問題小説特集」68年4月号 )
 ・ 千葉大殺人事件 「アサヒ芸能・問題小説特集」68年6月号 )
 ・ チフス菌事件 「アサヒ芸能・問題小説特集」68年8月号 )
 これらの文章がかかれた背景については、小沢さんが河出文庫から刊行した
「犯罪専科」のあとがきに書いておられます。
「 『タウン』は、B5判中とじのしゃれた体裁で前年末に創刊され、ノン・
フィクション中心をうたって、世の耳目をそばだたせた雑誌でした。創刊号では
全日空機墜落事故を、第二号では山口組の大特集を。またヒュー・ヘフナーや、
ヘンリー・ミラーのインタビュー記事があったり、いまみても華麗に先駆的だが、
あいにく売れ行きは不振で、その斬新さが十年早いと言われつつ七号で休刊に
なってしまいました。『フーテン・マコ』を書いたのは、その最後の七号目なので
す。その二号前の五月号にも、ひとつ私は書いていまして、このほうが私の犯罪
ドキュメントのいわば処女作になります。・・・
『タウン』はつぶれたが、五ヵ月後に『問題小説』となって再発足し、それにも
犯罪ドキュメントを、栃窪氏のご注文によって私は書き続けました。隔月に、三年
間。それらが七、八編ほどたまるそばから、三一書房増田政己氏が三一新書に編ん
でくれました。『犯罪の主役たち』、『悪女』の二冊がそれです。 
 自分で言うのもなんだけれど、といいつつ自分で言うのだけれども、当時いさ
さか好評でした。おかげでなにかひと山越えて、肩の荷がおりたような気がしま
した。」