メディア・アート創世記 11

 朝日新聞社から刊行された「遊びの博物誌」がでてきました。77年7月にでた
ものでした。
 値段は2400円ですから、けっこう高いものであったようです。
 装丁は安野光雅さんによるものです。
 表紙は、次のものです。

 裏表紙は、鏡にうつったものとなっています。

遊びの博物誌 (1977年)

遊びの博物誌 (1977年)

 この「遊びの博物誌」が新聞連載の頃には、安野光雅さんは、いまほど有名で
はありませんでした。もちろん、福音館書店から絵本を発表してはいたのですが。
 「遊びの博物誌」には、「アンノのABC」という一章があります。
「 ここ二、三年来、暮れのクリスマスになると、アメリカの本屋の店頭で大変
人気を集めているこどもの絵本の中に「アンノのアルファベット」というのがある。
アルファベット二十六文字を、その題文字のつくものをかたちでみせていく絵本
だが、その絵がまるであのオランダの版画家エッシャーのふしぎな絵のように
奇妙で、なぞときの楽しさにあふれていて、ニューヨーク・タイムスからニューズ
ウィークなど、全米の新聞、雑誌の書評でも取り上げて激賞した作品である。」
 という書き出しで「アンノ」さんのことを紹介するのですが、アメリカでも本が
売れていたのですが、アメリカではアンノさんが日本人であることは、あまり知ら
れていなかったとのことです。
「 その作者アンノ氏が、実は日本人安野光雅氏であることに、ほとんどの気づ
かないようである。安野さんといえば、『さかさま』や『ふしぎなサーカス』など風
変わりな絵本の作者として日本でも知られ、『わが友石頭計算機』や『はじめて
出会う数学』など、むずかしい数学の話を楽しい童話にしたててしまう特異な
画才の持ち主」
 最初に安野さんのことを意識したのは、この時代のことでしたので、「安野さん
といえば、だまし絵」の画家としてでありました。