ブロンテ 実生活の視点

 坪内稔典さんが、正岡子規研究へのアプローチ手法の一つとして、「子規の真似を
しながら、いつかその真似がすっかり身についた」と記して、子規が好きであった
「あんパンと柿」については、子規よりもくわしくなったとありました。
 ほとんど学者的アプローチではなく、好事家の手法のようでありますからして、この
ようなのは、文学研究では邪道といわれるのでしょうね。頭の良さを誇示するような
研究が主流でしょうが、そのような人に限って、普通の生活者が気付くようなことが
わかっていなかったりするように感じたりします。
 小野二郎さん(すし職人にあらず)の「ベーコンエッグの背景」も、そうした寄り道
スタイルであります。
「 十九世紀に至っても貧しい労働者や農民の食べられる肉といえばこの薄切りベーコン
だけだということが続いていた。貧富にかかわりなく朝食のベーコン・アンドエッグス」
の形で一般化されて今日まで堂々と生き残っているのが、このヨーロッパ肉食史の最古の
形そのものということになる。
 英国にはヨーロッパ文化の基層が、そのままの形で生き延びているものがよくあると
いうことの一つの例であろう。」(小野二郎著 「ベーコンエッグの背景」より )
 小野二郎さんは、「紅茶を受皿で」の後書きでは、次のように記しています。
「 もとよりこれは研究などというものではむろんあり得ず、その予備段階ですらないで
しょう。手許に必しも組織的ではなく自然に集った雑多な文献から、自分の想像力をいち
ばん刺激する形にまとめてノートしただけの文字通りの覚書です。
 しかし、民衆の神話形成力というものは、時には日常生活の微妙な形にあらわれると
私は信じます。その神話に不意に出会う時、私の想像力は大いに刺激されるというわけ
です。」
 知人から「ブロンテと芸術 実生活の視点から」(大阪教育図書刊)という論文集を
いただきました。学会発表の論文をまとめて一冊にしたものですが、これを手にして
一番に感じたのは、小野二郎さんが喜びそうなアプローチであるなということでした。

ブロンテと芸術―実生活の視点から

ブロンテと芸術―実生活の視点から