ことしは辛卯 6

 「うえの」の「卯年」特集に触発されて兎と卯年を話題にしています。
 年あけてから目にしたしんぶん「赤旗」には、そのものずばりの「卯年雑感」と
いうものがありました。他の新聞でも、このような卯年に関する文章は掲載されて
いるのでしょうか。
 ちなみに「卯年雑感」の筆者は、中国文学者 一海知義さん(1929年うまれです。)
 書き出しは、次のようになります。
「 今年はウサギ年である。兎は干支では『卯』と書く。『卯』といえば、酒好きの
年配の人は、『卯酒』(ぼうしゅ)という言葉を思い出すだろう。『子、丑、虎、卯、
・・』のエト、昔は時刻を数えるのにも用いた。・・『卯の刻』は、午前六時。この
時刻に飲む酒を、卯酒という。すなわち朝酒。」
 恥ずかしながら「卯酒」という言葉は初めて知りました。これを「ぼうしゅ」と
いうのもです。勉強になる文章でありますこと。
「ところで干支といえば、私が少年の頃、干支はその人の容貌・体型や性格・性癖に
関係があると、おとな達がよく言っていた。しかし世間には、丸顔のウマ年の女、
悠然とかまえたネズミ年の男などがおり、こども心にその説は信じなかった。
 後年私は、二人のすぐれた素人漢詩人、夏目漱石河上肇に興味を持ち、二人を
比較研究したことがある。彼らはともにウサギ年だった。」
 夏目漱石は卯年なのか、これまで考えても見ませんでした。自分の生年から12年
引いたり足したりしますと卯年はわかるのですが、昭和でありますと足したり、
引いたりするのは容易ですが、明治にさかのぼっていくととたんに計算ができなく
なります。したがって、当方が卯年だとわかっているのは、昭和であれば2年、14年、
26年、38年でありまして、それ以前と以降はまるでちんぷんかんぷんです。
 夏目漱石は、いうまでもなしの慶応三年(1867年)生まれの丁卯(ひのと・う)で、
河上肇はそれよりも一回り下の己卯(つちのと・う)とのことです。
一海さんは、「ともにウサギ年だが、容貌はいずれもやさしいウサギとは程遠く、
詩風も全く似ていない。」といっています。
 夏目漱石が生まれた慶応三年は、坪内祐三さんの著書のテーマにもなっています
ようにヴィンテージな年です。
 坪内さんの著書に引用されている柳田泉さんの文章を孫引きさせてもらいます。
「この政治的、社会的、日本のすべての方面にとって、あくまで重大な意義をもった
年に、他年近代日本文学の大立物となった人々がまるで誘い合いしたように、ぞく
ぞくと生まれて来ているのは、そこに一種の天意、天の配剤といったようなものが
働いているのではないかという気がするのを禁じ得ない。」
 矢川澄子さんは、「人類は兎にみちびかれて二十一世紀へ歩み入るのだとは。
たかが昭和の幕開け役の兎なんていうのより、こちらのほうがよっぽど気がきいて
いる。兎にまかせよう。兎にすべてをゆだねればよい。」と書いていますが、
 昭和の幕開けではなく、明治の近代文学の幕開けをウサギが行っているといえる
ような豪華な「慶応三年」生まれの面々であります。

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