朝日ジャーナル 82 4

 昨日に引用した「都市を描く」というブックリストは、連歌的といいますが、
大変刺激的なものになっているように思います。このリストを見て、これまで
長いこと積読状態であった「都市空間のなかの文学」をひっぱりだしてきて、
この本でとりあげられている本と、このリストにある本を照らし合わせてい
ます。
 リストは、樋口一葉、ドス・パトス、J・クネン、はるき悦巳滝田ゆう
小沢信男ナボコフというリレーでありますよ。昨日のリストは、どういう順に
なっているのかですが、この内部にあるつながりを見出すのは、相当にあたまを
ひねることです。
 このつながりを読みとくヒントは、前田愛「都市空間のなかの文学」のなかに
用意されているようです。
「 都市小説の主人公といえば、『罪と罰』のラスコーリニコフや、『ユリシーズ
のレオポルド・ブルーム、スティーブン・ディーダラスを引き合いに出すまでも
なく、迷宮さながらに入り組んだ都市のさまざまな局面を、精力的に歩きまわる
探索者のイメージを思いうかべてします。日和下駄に洋傘のスタイルで下町の陋巷
にまぎれこんで行く永井荷風のイメージでもいい。かれらのまなかいのあらわれる
町並みの風景は、ゆたかな暗喩や歴史的記憶を内蔵した記号表現として解読されな
ければならないだろうし、作品のなかに呼びあつめられた橋や通りの固有名詞は、
ある懐かしい雰囲気をたちのぼらせるばかりでなくかれらの生きられた距離を明示
するたしかな座標系をつくりだす。」
 「じゃりン子チエ」は、大阪の下町 新世界界隈でしたか、「寺島町奇談」は
通り抜けられますという言葉が思い浮かびます。「小説昭和十一年」は作者の
小沢信男さんの子供時代にお住まいであった銀座西はずれと二二六事件、阿部定
事件などの舞台がつながっています。     
 前田愛さんが書いている「町並みの風景は、ゆたかな暗喩や歴史的記憶を内蔵
した記号表現として解読されなければならないだろう」というのは、町歩きの
作品をたくさん残している小沢信男さんの仕事でありまして、それは最近作である
「東京骨灰紀行」まで一貫しています。
 それじゃ、黒井千次古井由吉後藤明生のトリオはどうなるのか。