丸谷才一さんが「日本文学史はやわかり」(講談社 78年刊)を発表した時に、
これは自分の子どものための受験勉強用の参考書であるかと揶揄されていたのを見た
ことがありました。有名人の子どもはつらいことで、学校の成績が良くても、親と
比較されたりするのでありましょう。できれば、親と同じ道を歩まないほうがよろ
しいと思われます。なんといっても、学者とか文学者というのは家業ではないので
ありますからね。
作家とかでも、自分の家族のことを日ごろからよく書いている人もいますし、ほと
んど書かない人もいるわけです。庄野潤三さんの晩年は、自分の家族のことを書いた
連作のような作品を書いて発表していたので、息子さんたちの勤め先までわかって
しまい、新星堂が営業不振で店舗の整理と希望退職を募るというニュースを目にしま
すと、思わず庄野さんの息子さんは、どうなっただろうと思ってしまいます。
作家であっても、自分の家族のことを書くときには、当然のことながら一定の
ルールがあるはずでして、すべての家族が書かれることに同意しているわけではあり
ません。
椎名誠は「岳物語」ということで、息子さんの名前を冠した作品を発表しています
が、これは岳さんが名前を使うことに同意したからとありました。今では文章を発表
している娘さんのほうは、自分のことは書かないでねといったとかで、作品の中に
登場することはなかったようです。
大江健三郎さんも、長男さんは生まれたときから作品に登場しますが、ほかの子ども
さんは、ほとんど登場しないのではないでしょうか。(最近の作品は目にしていない
ので、よくわかってはおりませんが。)
丸谷さんは、どちらかというと家族のことを話題にしないと思われますが、今回、
手にした「猫のつもりが虎」には、何箇所か息子さんに言及するところがありました。
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がいいため、アイス・クリームは脂肪分が非常に高くてうまいし、それにこれはあまり
行列しなくとて買える商品で、ロシア人の好物だと言った。とりわけ、冬の街のなか
を歩きながら食べるとじつにいいのだそうである。」(「冬のアイス・クリーム」)
もう一箇所、次のところにもでてきます。
「そしてこの夜、モスクワ大学に留学中のうちの息子(これも熱烈な大洋びいき)に
手紙を出して、五月十日に横浜球場にゆくと書いたのである。
月に一度かふた月に一度、息子からの電話のとき、用件がいちおう終わってから
ホエールズの成績を報告すると、彼もじつによく知っている。大学の図書館に、航空便
で届いたアカハタが置いてあるのだそうである。
『どんなものだって、何か取り柄はあるものなのさ』
というシニックな口調と、斉藤、遠藤、野村などの好調を誉めそやす素朴な口調との
対比がおかしい。もっとも息子のことなど笑えた義理ではないのだが。」
ここに引用した文章は91年3月に発表となったものですから、このときの息子さんは
34歳くらいであるようです。この息子さんが、いまどうなっているのかということも
検索をかけるとわかってしまうのですから、インターネットはゴシップの宝庫では
あるようです。