山形つながりで 3

 丸谷才一さんの「猫のつもりが虎」(文春文庫)には、「故郷の味」という山形
つながりにぴったりの文章が収録されています。最後には、丸谷さんの故郷の食べ物
自慢になるのですが、書き出しは大きくであります。
「 小説に口福の楽しみをあしらって効果をあげる手は前まえからあったが、それを
うんと大がかりにしたのは、イアン・フレミング(007もの)、池波正太郎(梅安
ものと『鬼平犯科帳』の両大家である。これによって超人的な主人公に日常的現実性が
与えられ、存在感がたちまち強固になることはもちろんだが、さらに読者は物語それ
自体の興趣のほかに、味覚の喜びを味わうことができる。あれは一石二鳥の仕組みで
あった。」
 これから故郷に話題を転じるのですが、同郷の作家 藤沢周平さんの作品「用心棒
日月抄」をてがかりにです。
 この作品の主人公は、命によって脱藩を装い、江戸で用心棒をやりながら秘密の任務
に従事するというものですが、国元からの食べ物をご馳走になるシーンを描くことに
よって「江戸と辺境とをへだてる山河は一挙に浮かび上がり、故郷を離れて生き境涯は
この上なく具体的に迫ることになる。」とつないでいます。
「 藤沢さんとわたしは同郷で、わたしは庄内藩十二万石の城下町である鶴岡、藤沢
さんはその町に近い田川で生れた。そのせいか、彼の小説に描かれる北国の藩は、
例の海坂藩にしても、『用心棒日月抄』の『北国の小藩』にしても、庄内藩を連想させ
るのである。領内や城下の地理がいちいち合うというようなことではなく、いわば風の
匂いや雪あかりが似ているのだ。おそらく作者の心の底には、あの最上川下流の平野を
三百年にわたって支配した藩が、藩の基本の形として存在するのではなかろうか。
そして、わたしの心の底にもまた。
そんなわけだから、藤沢さんの作中にはわたしの幼な馴染の食べものがよく現れる。」
 たとえばということで、なじみの食べものとしてあがっているのは、次のようなもの
です。
「小茄子の塩漬としなび大根の糠漬け、寒の海から上る鱈、四月の筍、栃餅、カラゲと
醤油の実」
 このように藤沢さんの作品に取り上げられている食べ物を列挙した後に、「しかし、
私見によれば故郷の味の双璧はハタハタとダダチャ豆である。」と、ふるさと自慢です。
 ハタハタについては、秋田県は、これの本場はわが県であるといいそうであります。
 「ダダチャ豆」は、庄内の特産でありますが、これについては、次のように記して
います。
「 これは要するに枝豆なのだが、鶴岡付近の地質が枝豆に適する上に、白山ダダチャ
豆という優秀な品種を生じたため、清秋の至福を口中にもたらすことになった。
鶴岡の八月下旬はこれによって豪奢を極めるのである。」
 これを読むと、たかが「枝豆」ではないかと突っ込みをいれるのは全庄内人を敵に
まわすことになりそうに思ってしまいます。
八月の下旬を「豪奢」にといえば、おらが故郷ではなにがあったでしょうか。