国語の教科書13

 だらだらと40年も前の現代国語の教科書を話題にしています。
 高校3年の教科書は、昭和42年11月発行となっていますので、2年生の教科書と
同じ発行日です。改訂版となりまして、表紙は2年生と同じデザインで、色違いです。

 3年生の教科書 目次は以下のようになります。
1 随想       清光館哀史           柳田国男
2 詩        ギリシャ的叙情詩        西脇順三郎
           「ギリシャ的叙情詩」の鑑賞   伊藤信吉 
           湖水              金子光晴
           現代詩について         小野十三郎
3 小説(1)    舞姫              森鴎外
4 文章を書く    訴えたいことをどう描くか    椎名麟三
           藤野先生            魯迅 ( 竹内好訳)
5 近代の文章    無常ということ         小林秀雄
           戦後文学をどう受けとめたか   大江健三郎
           晩年の平井毓太郎先生      松田道雄
6 ノンフィクション ウスリー紀行       アルセーニエフ(長谷川四郎訳)
7 評論(1)    「である」ことと「する」こと  丸山真男
           虚像と実像           中村光夫
8 小説(2)    大学生           チェーホフ(池田謙太郎訳)
           海の沈黙            ベルコール(河野与一訳)
9 講演       社会生活の合理化        我妻栄
           現代日本の開化         夏目漱石
10 ことばと社会   日本語の変化          渡辺実
           日本語の話しことばについて   木下順二
11 評論(2)    現代年と日本の伝統       丹下健三
           三つの本            臼井吉見
 高校3年でありますから、手加減なしでの教材がそろっています。当方が高校生の
頃に、小林秀雄の「無常ということ」は大学入試に採用されることが、極めて多いと
いう文章でありました。これが本当に頭に入らないものでありまして、どうして、
もっとわかるように書くことができないのかと、ぐちの一つもいいたくなりました。
「 この世は無常とは、けっして仏説というようなものではあるまい。それはいつ
いかなる時代でも、人間の置かれる一種の動物的状態である。現代人には、鎌倉時代
のどこかのなま女房ほどにも、無常ということがわかっていない。常なるものを
見失ったからである。」
 これが「無常ということ」の最終部分です。頭から文章を読めば、わかるように
なっているのでしょうが、「常なるものを見失う」とはどういうことであるかと、
頭のなかは???となったのであります。