大浦みずきさん追悼5

 大浦みずきさんの本名は、阪田なつめさんで、これにちなんで宝塚時代の愛称は
なつめさんというものでありました。このなつめさんというのは、作家 庄野潤三
さんの「ザボンの花」という作品の登場人物の名前にちなんでいますが、作品の
モデルは庄野さんの娘さんでした。「ザボンの花」におけるなつめさんというのは、
次のように描かれています。
「 幼稚園の夏休みの時に、なつめの家族は東京へ引っ越してきたのである。大阪に
いた時は、すぐ近所に友達が大勢いた。・・・同じ幼稚園へ通っている近所の友達
全部と別れて、なつめは東京へ来てしまったのである。
 今度の幼稚園では、いっしょに遊ぶ友達がいないわけではなかったが、その子供
たちは、みななつめの家とはずっと遠くは慣れたところから通っているので、家へ
行ったり来たりする友達は、一人もいなかった。
 それで、なつめは自然、家に帰ると、ひとりで絵本を読んでいることが多かった。
 なつめは、大阪にいたときから、本を読むのが大好きで、なつめのおもちゃ箱の中
には、『白雪姫』や、『蜜蜂マアヤの冒険』や『アリババと四十人の盗賊』や、
『マッチ売りの少女』や『親指姫』や、『鉢かつぎ姫』などの絵本が入っていた。
 女の子は、みんなそうだが、なつめも、可哀そうな運命を持った娘を主人公にした
物語が特に好きであった。
 だから、父親や母親に話をせがむ時も、なつめは、いつでも『かわいそうなお話を
して』というのであった。」
 この作中のなつめさんよりも、大浦さんはもうすこし活発なようであります。
作中のなつめさんに関するエピソードを「ザボンの花」からもう一つ。
「 矢牧となつめとは、甘いものはほしがらない。なつめは子供のくせに、矢牧が
飲むビールを飲みたがるし(むろん、飲ませないが)、食べる物では、お酒をのむ
大人が好きなものを好むのだ。」
 庄野潤三さんの晩年の作品には、大浦みずきさんのステージを見に行く話しがよく
登場するのですが、たとえば「貝がらと海の音」には、次のようにあります。
「 土曜日。妻と二人で新大久保の東京パナソニック・グローブ座へなつめちゃんの
ミュージカル『シーソー』を見に行く。・・・お父さんの阪田寛夫に頼まれて芸名を
つけさせてもらった御縁もあり、なつめちゃんが音楽学校に入ったときから一家で
応援してきた。初舞台の『虞美人』に青服の兵士の一人として出演したときも、
妻と二人で宝塚へ出かけて、阪田夫妻と一緒に初舞台を見せてもらった。
 なつめちゃんがはじめて主役を頂いた宝塚バウホールの講演も見にいった。私と
妻だけではない。南足柄の長女も熱心に声援を送ってきた。のみならず大浦みずき
さよなら公演の『ヴェネチアの紋章』のときは、次男の長女の五歳になるフーちゃん
まで連れて、みんなで見にいった。
 なつめちゃんが宝塚を離れてフリーで活動するようになってからは、私と妻はその
行末が気がかりで、いく分はらはらしながら、見守っている。」